2012年12月9日日曜日

「筑波嶺の秋」と「8000m峰14座登頂」

黄葉の椎尾山薬王院

名古屋、大阪と出張し、金曜日の夜に帰宅した時にはすでに日付も替わっていた。
へとへとで帰宅した私
太もものスジを痛めた妻に「今週は無理でしょう」と告げていたが、しっかり二人分の鍋焼きうどんの材料を用意して待っていた

就寝したのは1時半だったので、4時半出発はさすがにきつく、出発は7時40分
筑紫湖到着が10時
妻の足の具合も芳しいものではなく筑波山一筆書きはとても無理だろうということで、蜜柑園コースを登って、椎尾道を薬王院へ下る計画で出発


紅葉は標高200mから300m付近が真っ盛りで、標高400m以上は冬木立となっていた
山頂近くでは強い北風が吹いて、木々を揺らし、ジェット機のエンジン音のような唸りを立てていた。標高をあげていくにつれ場所によっては冷たい風にさらされながら歩く。
蜜柑園コースから椎尾道へと下る単純なコースだったので、時間的なゆとりがあった。
登るときにも下山する時にも薬王院の境内を散策して紅葉を堪能した。

家路につく前に、いつもの通り、あけの元気館で汗を流した
※林道の石垣が面白そうなので、クライミングシューズを持ってきたら楽しいかもしれない

明日は福岡日帰り出張
うまい具合に右の窓際の席が予約できたので、山岳展望が楽しみである

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※今、NHKで放映している番組で「8000m14座の登頂」を「世界の登山家の究極の目標」と説明していた。この一言がなければ、よくある山を舞台としたドキュメンタリーの一つとして観終わっていただろう
8000m14座登頂を果たした世界で29人目だという竹内氏の業績を軽んじているわけではないが、発想としては日本百名山ハンターのそれと類似しており、「世界の登山家の究極の目標」という表現には少なからず違和感を覚えざるをえない
山登りを良く知る人ならば、世界でだれ一人としてなしえないような困難なヒマラヤンクライミングを実践し、究極の目標にもっとも近づいた登山家として「山野井泰史」の名をあげる
いつだったか、その年の最も注目すべき登山を実践した人物として「野口健氏」とした記事を書いた人がいた。私はあきれて開いた口がふさがらなかったが、案の定、岳人誌上で猛烈な反発があった
それを思い出した

そうしたところ息子がボサボサ頭でリビングにやってきた
私の感想を聞いた彼曰く
「一般の人にはわかり易くないとダメなんだよ。一行で表現できないといけない。山野井の業績をわかりやすく一行で表現するのは絶望的だもの」

ある意味、竹内洋岳氏は「日本百名山ハンターたちのヒーロー」なのかも知れないと私は納得した

いつもとは異なったアプローチで蜜柑園へ向かった
標高200m付近の紅葉は今が盛りだった




蜜柑園コースの前半はゆるやかなもので、なかなか標高を稼げない
ところが標高470m付近からは傾斜が一気に増して、ぐいぐいと標高を稼ぐことが出来る
妻が無酸素作業閾値を超えないようにゆっくりと登っていくが、やはり足の痛みが完治していないようで時々立ち止まり、大きく遅れていく
立ち止まって彼女を待つ時間が多くなっていく





昼食には少し早かったが、急登が一段落した標高680m付近で大休止
北風の吹き込まない陽だまり
クッションのきいた落ち葉の上に銀マットを敷いてどっかりと座り込む
今日の鍋焼きうどんは小エビの掻き揚げ





標高750mを超えて、自然探求路に合流する付近を登る妻
冬木立が北風を受けてうなる





御幸ヶ原にも北風が吹きぬけ、人影もまばらである




薬王院まで下ってくると紅葉が西日を受けて輝いていた
妻と二人で夢中でシャッターを切った