2019年12月31日火曜日

仲間に助けられて乗り切った印西クラックの大晦日


印西クラックジム一人ぼっちの年末年始特別営業
昨日の初日は印西市フリークライミング協会(ICFCA)の現会長の岩崎と前会長の山口さん、そして船橋の吉野さんが助けに来てくれて救われた

そして今日は二日目
一人で店を開け、掃除機をかけてカーペットをきれいにしてぼーっとしていた
午前中の客足はさっぱりで「やっぱり大晦日だからクライミングしようという人はいないよなぁ」などと思っていた

お昼を過ぎたころから体験クライミングのお客さんが来始めた
それと時を同じくして松本さんとマッチ(町田さん)が助っ人にやって来てくれた
やがて昨日に続いて岩崎も駆けつけてくれた
私が困っているのではないかと助けに来てくれたのである
そして1時半から体験クライミングのお客様の洪水
受付をしてからハーネスを装着してあげて靴を選んではいてもらいビレイをする
四人で対応しても捌ききれない

2019年12月30日月曜日

印西クラックリード壁 年末年始特別営業 初日


今日から印西クラックリード壁の年末年始特別営業が始まる
普段の土日はガイド業が忙しくて印西クラックリード壁の店番をすることが困難なので、普通の人が手伝いにくい年末年始こそ私の出番だろうと思って、この期間のガイドの企画はしないで年末を迎えた
そして今日が、その初日
さすがに一人で店番をするのはつらいので岩崎や砂田に「助けてくれー」というメッセージを送っていた
そうしたら印西市フリークライミング協会現会長の岩崎と前会長の山口さんが助けに来てくれた もちろんいつもの吉野さんも
三人の助っ人を得て年末年始特別営業の初日は無事に終わった
みんなに助けられて現在の私がいます
さぁ明日からも頑張ろう

2019年12月27日金曜日

印西体育館の登り納め


今日は印西市からICFA(印西市フリークライミング協会)が委託を受けているクライミング教室が行われる
ここのところ、ガイドや都岳連の仕事が土日のスケジュールを埋め尽くして、どうにもこうにもクビがまわらない状態が続いている
それに加えて印西クラックリード壁の管理人としての責務も果たさねばならないとなると体がいくつあっても足らないという感じだ
そんな中でも年末年始は長期休暇となるのでガイドのニーズは高いけれど企画を入れなかった
そのような状況があったのでクライミング教室のサポートに入ることができた
15時50分に幸子さんと自宅を出発し、途中で郵便局へ立ち寄ってから印西市体育館へ向かった

アルパインガイドオフィス「賀来さんちの山」: 公募プランのご案内

アルパインガイドオフィス「賀来さんちの山」: 公募プランのご案内: 上高地で冬の幕営 2020/2/22-24 概要 テーマは「ガチな大学山岳部の冬山合宿を参考にして冬の上高地小梨平に冬期用テントを張って、厳冬期北アルプスの稜線で通用する冬山幕営の基本を学ぶ」という稀有な企画です 日大山岳部の元主将で現在日大山岳部コーチとして、都...

2019年12月24日火曜日

クリスマスをひかえた24日も大忙し


忙しい一日でした

大雑把な振り返りです
幸子さんと10時に車で四街道を出発
11時から13時まで幸子さんと印西市フリークライミング協会の練習会
それから次女と孫を迎えに行っていったん帰宅
母を乗せて17時に自宅を出発し、千葉駅で次女の旦那をピックアップ 教会近くで食事をして20時からミサ 長女家族とは教会で合流 息子は日大山岳部のコーチ会があってミサは不参加
ミサ後は次女家族を送って23時38分に帰宅
帰宅すると間もなく息子も帰宅しました

2019年12月22日日曜日

二週連続の八ヶ岳裏同心ルンゼ

MYMさん撮影

先週に引き続いて裏同心ルンゼでアイスクライミングでした

12月の裏同心ルンゼは定番中の定番で、毎年のように企画するので、来年以降の為にも少し詳しく書き留めておきます

1.土日の天気予報が良いと高速道路は混むが、八重洲を6:30に出発し「道の駅こぶちざわ」集合時刻を9:30とした 妥当だったと思います
2.12/21は赤岳鉱泉でマムートナイトという催し物があって個室の予約が微妙だった 少し早めに予約しよう
3.落氷だけでなく落石もあるのでビレイ場所は配慮が必要 特に最終の滝であるF5は落石があるので要注意 F5は具体的には左岸(上流に向かって右)が比較的安全
4.裏同心ルンゼの危険個所はF5終了点から大同心ルンゼ基部を経由して大同心稜を下降する地点までのおよそ1時間 状況によってはビレイが必要なので10m程度の補助ロープがあるとGood!

2019年12月19日木曜日

若人たちと印西クラックリード壁


昨夜、リビングで山の資料を確認していたら、帰宅した息子がやってきて例のごとく夜遅くまで山の話をした
そろそろ寝ようかという頃になって「以前から約束していた通り、明日は後輩のK君と印西クラックへ行くからよろしく」という
そんな話があったことは覚えているが、それが明日だとは認識していなかった
息子が山岳部の主将だった四年生の時に新入生として入部してきたというK君はその後主将となって現在二人とも日大山岳部のコーチをしている
息子の日大山岳部員としての現役時代は2012年4月から2016年3月の4年間だが、素晴らしい4年間だったと思う それは監督の大谷さんと息子が1年生の時の主将だった飯田祐一郎さんのおかげだったと思う
特に大谷監督の山岳部運営に関するポリシーは素晴らしいもので、この件に関しては2012年9月の私のブログの記事「南アルプスから帰ってきた息子」に一例として記述した
大谷・飯田ペアの元で「リーダーシップや友情」に満ち溢れた日々を日大山岳部で過ごすことができたことは息子にとって一生の財産になったようだ
実際、今でも息子にとって飯田さんはあこがれの存在のようで、それが証拠に2017年ヨセミテ・エルキャピタン・ノーズ完登直後に飯田さんに嬉しそうに報告していた

2019年12月18日水曜日

欅の伐採


9月9日4時28分に千葉市内で最大瞬間風速57.5 m/s(207.0 km/h)を記録した台風15号は私の家にも大きな被害をもたらした

我が家の庭には樹齢50年ほどのケヤキがある
もしこれが倒れていれば近隣の住宅を巻き込んで戦慄するような大災害になっていただろうと思う
このケヤキは野鳥たちの憩いの場であり、私たち家族を50年にわたって見守ってくれた
一人の少年が山登りを始めた日にはこのケヤキはまだ幼木だった
父と母と二人の妹たちと泣き笑いながら過ごした日々もケヤキは知っている
やがて私が結婚し妹たちも嫁いでいった
三人の子供たちがランドセルを背負って四街道小学校へ通う姿も見守ってくれた
そして病に倒れた父の葬儀の日にも

伐採するのは忍びなかったけれど、切るしかないと決心した

いつ伐採するか・・・・
落葉してから切ると決めていたが、先週息子が大きな枝の多くを切ってくれた
それを引き継いで本格的な伐採を行った
幸子さんにビレイしてもらいながら残っている枝をのこぎりで切り落とす
なんだかエルキャピタンで行った高所作業に類似する
やがてケヤキは太い幹を残して丸裸になった
そして本体をチェーンソーで切った

2019年12月17日火曜日

松山下→印西クラック→都岳連プロガイド養成→昇龍


昨夜も息子と夜遅くまで山の話をしていたのでちょっぴり寝不足の中で、雨が降っているだなぁとぼんやり思いながら、うとうとしながら雨音を聴いていた
6時過ぎにゆっくり起き上がって石油ファンヒーターのスイッチを入れた
孫が生まれてから私はいつもジャスティン・ノズカを聴いている
家でも、車でも、山でも
ジャスティンのいつもの曲が雨音を背景にして流れていく部屋で、パソコンを立ち上げ、山関連の資料を整理する
それは今週のガイドの実施要項だったり、来年4月から8月のガイド計画だったり、都岳連のプロガイド養成委員会の文書だったり、あるいは息子と登りたいビッグウォールクライミングのトポなど・・・
7時半を廻ったころに幸子さんがいつもの通り「送ってくれる?」
で、幸子さんを車で職場近くまで送る

2019年12月15日日曜日

八ヶ岳裏同心ルンゼは大渋滞


今回も楽しい山行だった
12月の定番:裏同心ルンゼの山行企画をみんなにお知らせしたのは9月22日のこと
その第一回目に行ってきました
12月14日
朝5時半に自宅を出て湾岸高速を走るが、この季節はまだ暗い
いつものおじさんと品川を出発し、小淵沢でもう一人のおじさんと合流
今年も暖冬で、木枯らし一号は観測されず、雪も全くない八ヶ岳山麓
結氷状態が悪ければ小同心クラックにでも行こうかなどと思いながら走ってきた
まるで秋山のような状態の美濃戸口
美濃戸へと通じる林道も10月の台風による復旧も完了し、夏道のように車を走らせることができた
いつもの通り、美濃戸の赤岳山荘の駐車場に車を入れて歩き始めた
林道を1時間ほど歩いた堰堤広場から道は登山道となるが、こちらも台風からの復旧は終わっていた

2019年12月12日木曜日

気温20℃スタッドレス交換とプロガイド養成委員会


暖かい日だった
半袖でスタッドレスタイヤの交換をした
所要時間は40分
車外温度計は20℃を表示している
この気温では八ヶ岳裏同心の氷も相当融けたなと思った
タイヤをケルヒャーで洗浄してから郵便局へ行ったり銀行へ行ったりしているうちに夕方になった

2019年12月10日火曜日

印西練習会からクラック壁を経てアバランチナイトへ



昨日に比べると暖かい朝を迎えた
この週末は「裏同心ルンゼの予定がはいっているのに氷が融けて困るなぁ~」とぼんやりと思った
いつもの通り幸子さんを職場に送りとどけ、10時ころになってから印西市松山下公園体育館へ向かって出発した
先週の金曜日に砂田に教えてもらった「クライマーの獣道」をたどって印西市内に入った
この道は農道をたどるもので信号機もなく見通しも良い
体育館まで1kmほどのところで自転車の砂田を追い越した ここのところ砂田は自転車で通っている 印西ロッキーへ行くときもらしい 体脂肪率を更に落とそうということだろう

2019年12月8日日曜日

初冬の谷川岳で雪訓PDCA


この土日は都岳連プロガイド養成機構委員会の仕事で谷川岳
プロガイドを志す熱心なメンバーたちと二日間を過ごした
振り返ってみて、とても有意義な二日間だったと思う

第一日目のキーワードは「PDCA」
小グループ(5-6人)に分かれて与えられた課題の試技を行い、試技のたびに、その内容についてのディスカッションを行う
私からも特に重要な点に関しては補足説明を行う
良かった点、改善提案などがメンバー内で共有され、それに基づいて次のメンバーが試技を行う
その繰り返し
いわゆるPDCAを行ったから参加者の満足度は極めて高かったのではなかろうか
キヤノンライフ40年で染みついたPDCA手法がガイドの仕事として役立つとことに喜びを感じた

2019年12月6日金曜日

大木さんの甚兵衛そばで忘年会&印西インドアクライミング


1971年から一緒に登り続けている岩崎と砂田と私の三人
忘年会をしようじゃないかということで、宗吾霊堂前の「甚兵衛そば」へいくことになりました

宗吾霊堂は江戸時代の義民として有名な佐倉惣五郎の処刑地に建てられたお寺です
そして甚兵衛蕎麦は門前にある1年先輩の大木友康さん経営の蕎麦屋
10代半ばから30代前半のとても危険なクライミングをしていた時期に私たち三人に大きな影響を与えた人こそ大木さんです
時々、無性に大木さんに会いたくなりますが、前回三人で甚兵衛そばに行ったのは2016年12月10日でしたから3年ぶりになります

とはいえ、クライミングが日常生活の一部になっている三人ですから、大木さんのところへ行く前に松山下公園体育館で一登りしてから行こうということになりました

2019年12月4日水曜日

木内さんの命日に幸子さんと印西で登る


木内聡さんが亡くなってから12回目の冬が来た
亡くなる十日前に上田、宮崎たちと病室を訪れた時「筑波山でビールが呑みてぇな~」と言っていた
もう一緒に山に登ることが叶わない山仲間の中でも木内さんと土橋さんは私にとって特別な存在だ

朝9時 印西市松山下公園体育館の表玄関からその筑波山がくっきりと見えた

2019年12月3日火曜日

午前中は松山下公園体育館で午後から印西クラックリード壁


昨日は久しぶりのオフでゆっくりできた
強い雨が降っていたから庭仕事はできなかったが、久しぶりに山の資料の整理などをして過ごした
そして今日、朝6時までぐっすり眠ることができた
7時半に幸子さんを職場近くまで車で送って、いったん自宅まで戻ってクライミングギアを積み込んで印西へ向かった
今日は9時から印西市フリークライミング協会の定例練習会があるからだ
アリーナへ入ってみるとちょうど砂田が登ろうとしているところだった
11時までみんなで楽しく登り、私は一人で印西クラックリード壁へ向かった
12時ちょっと過ぎに到着すると、朝から内田さんがボルダールームの整備をしていた
一方で私はホールドが揃ったので垂壁への取り付け作業を行った

2019年12月1日日曜日

アイゼン岩登りトレーニング


だいぶ前に安藤さん、上田さんに紹介してもらい、今年四月にエイドトレーニングを行った岩場である
この岩場で冬に備えてアイゼン岩登りトレーニングをしてきた

【11月30日土曜日】
朝6時半に八重洲地下駐車場を出発して目的地に到着したのは9時半
10時には全員がそろい、早速岩場まで行く 気温3度
ところが、ここのところの台風などの影響で岩場の三分の二が利用できなくなっていた
重たいザックを背負って30mの空中懸垂を反復練習しようと予定していたが無理だ
今回はアイゼン岩登りトレーニング一本に絞ることに変更
まずは道具の特性やアイゼンの調整方法、アイゼンによるクライミングムーブの理屈、あるいは力学的に安定した荷重方法などを説明してから早速反復トレーニング開始