2013年1月4日金曜日

大荒れの正月登山「八ヶ岳 地蔵尾根」



二十歳の頃に買ったLPレコード荒井由美のアルバム「ユーミン・ブランド」に12月の雨という曲がある
ベッドの中で雨音を聞くときの気分は、もしそれが休養日だったらまんざらでもない。
山の中でも、小梨平や廻目平のような快適なベースキャンプで聞くテントをたたく雨音も同様だ
雪の日に掘りごたつの中に入って、窓から雪を眺めるのも幸せだ。
外が荒れていれば荒れているほど、自らの現在の境遇との乖離の幅が大きくなる。その乖離感が幸福感をさらに増幅していく。つまり安全・快適な環境下であれば、気象条件が過酷であればあるほど幸福感が高まるということになろうか。 

想定しうる最も過酷な気象条件の一つに、冬期の森林限界を越えた高所というものがあろう。
そんな高所で冬期営業をしている山小屋というものがあるのだろうか。私の知るところ、いずれも年末年始の期間限定営業ではあるが、そんな小屋が三軒ある。

「北アルプス 燕山荘 2712m」
八ヶ岳 硫黄岳山荘 2650m」
八ヶ岳 赤岳天望荘 2720m」

 2011年の年始登山同様、私たち夫婦は赤岳天望荘を訪れた

このプランはごく普通の一般人としての社会生活をいとなみつつ、過酷な気象条件の中に建つ山小屋で過ごすという素晴らしいもので、概要は次のとおり。


1231日大晦日はストーブの前で蜜柑を食べながら紅白歌合戦を観戦する。
11日元旦は雑煮を食べて年賀状を受け取り、返信をしたため、それから元旦の深夜に中央高速にのる。
12日明け方八ヶ岳山麓の美濃戸口に到着して行者小屋を経て地蔵尾根を登り、天望荘に泊まる。天望荘は年末年始営業を行っており、日本最高所で正月を迎えることのできる山小屋。この時期には夕食にお酒がふるまわれるので、少しお酒を呑む。
13日天気が良ければ赤岳に登頂し、文三郎道を下降。下山の折には美濃戸口の八ヶ岳山荘のお風呂に入って、冷え切った体を温め、早い時間帯に帰宅する。

 12
上記プランにそって、今年も元旦の日付も替わった1時に家を出る。
途中で朝食をとって美濃戸口到着。八ヶ岳山荘前の駐車場に車をとめる。美濃戸まで雪の林道を1時間半ほど余計に歩くことになるが、あまり気にならない。
赤岳主稜経由で天望荘へ入る予定だったが、昼ごろには寒冷前線が通過する見込みなので、一般登山道である地蔵尾根経由に変更。
クライミングギアは車に残し、最小限の装備「ツエルト、ハーネス、補助ロープ、テルモス」を携行して出発

年末年始期間限定営業の行者小屋で800円のラーメンを食べる
地蔵尾根の上半部は森林限界を超えた岩稜地帯で吹きさらし。
2500m付近ではトレッキングブーツを履いた若い男女が立ち止まっている。「誰かについて行こうと思って待ってたんだ」などと言っている。このような困った人たちも時折り登ってくるのである。
森林限界を越えると激しい風雪が顔面を打ち付けるが、鎖も露出していたので、問題なく地蔵の頭で稜線へ出ることが出来た。

ここから赤岳天望荘までは5分である。風雪の中から眼前に現れた赤岳天望荘は真っ白。
しばらく登山から遠ざかっている人の中には赤岳天望荘というと「何?そんな小屋あったっけ?」という人もいるかもしれない。昨年なくなった芳野満彦氏の「山靴の音」に記述された「石室」が新築拡張されたものである。


小屋は入り口の部分に鉄板が敷いてあって、アイゼンのまま小屋の中に入って、小屋の中でアイゼンを着脱できるような配慮がされている。
大画面液晶TVや無線LAN設備があってインターネット環境も整っているハイテク小屋だ。
正月の特別のはからいなのか、個室をあてがってくれた。

夕食は17時半。まだ二時間半もある。食堂でストーブにあたりながらお茶を飲み
NHKスペシャル「くじらVSシャチ」の再放送を見た。
アリューシャン列島のユニマック海峡で繰り広げられるクジラ親子とシャチとの壮絶な戦いを空撮したもので、初回の放送直後には勤務先でも話題になった番組である。


夕食は「タラの芽の天麩羅」や「シチュー」などもあって豪華だ。一日で標高0mから2720mまで登ると少なからず高度の影響が出る。普通にしていれば自覚症状はないけれど走ったり酒を呑んだりすると自覚できる。そのようなわけで二合の日本酒でご馳走さまとなった。
 就寝時には希望者へ湯たんぽを用意してくれた。この心遣いが嬉しい。布団もふかふかで気持ちがよく、暖かく眠ることが出来た。

1月3日
翌朝、日本海低気圧が発達しながら北上し強い冬型の気圧配置となって気温はマイナス19度。風が強くガスで視界も悪い。
昨日飲み残した魔法瓶の湯を飲む。この湯は昨日自宅で入れてきたもので、すでに30時間が経過している。
テルモスの語源にもなったサーモス製の魔法瓶の湯は冷え切っていたが、象印製のそれの湯はまだ十分に温かかった。ここ20年ほどのサーモスと象印の保温性能比較では象印に軍配が上がると思う。それも僅差ではなく象印の圧勝という印象である。
昼ごろから天候は回復するようだが、それまで待てないので、赤岳登頂は諦めてバイキング形式の朝食をとってから真剣モードで下降開始
視界が悪くライン取りに神経を集中して下る、風にあおられて風上へと顔を向けることが出来ない。ゴーグルが氷付けになって用を成さなくなり、足元しか見えない状態となる。
鎖用の杭を支点にして妻をロワーダウンさせながら、ようやくダケカンバ地帯まで下りきったときにはほっとした。 
帰路は行者小屋から直接美濃戸へ下るのではなく赤岳鉱泉経由の径路を選ぶ。30分ほど余計にかかるが、往路をそのまま復路とするよりも、芳しかろうと思ったのである。
粉雪が激しく降っているが風がないので風情がある
美濃戸山荘で休憩して雪の林道をのんびりと下っていく。
途中で青空が広がり始め、唐松の冬木立に陽を浴びながら美濃戸口まで歩いた。
赤岳天望荘でもらった八ヶ岳山荘の無料入浴券で風呂に入る。
体を洗ってから湯船に浸かろうとすると、体が冷え切っていたので湯が熱湯のように感じた。少しずつ体を湯に慣らし、静かに肩まで浸かる。手のしびれるような痛みが徐々にほぐれて行く。
さて問題の笹子トンネルは渋滞35kmとの予測だったが、実際には7kmで済み、1845分に帰宅できた。


一方で、1226日から大学山岳部の冬山合宿で北アルプスの表銀座縦走へ入った息子たちは、燕岳で悪天候により釘付けとなり、予備日を使い果たすことが確実になったので、本日下山してきた。風が強く天幕を張るのが精一杯で、十分な防風ブロックを構築することができず、天幕崩壊を案じたという。寒気も厳しくモンベルのエクスペディションタイプの寝袋でも保温不足を感じたようだ。

燕から大天井へ向かったパーティーは、残念ながらいまだ帰らず

大天井のパーティーは絶望的状況であったが
2013年01月04日18時15分のNHKニュースによるとヘリ救出されたとの報道があった

4 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

賀来さん、明けましておめでとうございます。

ヨーロッパアルプス2011は大作過ぎて、どの部分にコメントをつけて良いやら困ってしまい、スルーしてしまいましたが、じっくり読みましたからね。

さて、正月は八ヶ岳でしたか。
赤岳天望荘の浦島太郎とは、まさしく私のことです。
イコール石室とは知りませんでした。
石室には、かれこれ35年ほど前に泊まったことがあります。
その当時は、文字通りの石室で、狭くて暗い小屋でした。
でも、具体的なことはすっかり忘れていますが、良い印象が残っているので、きっと感じが良かったのでしょう。

「安全・快適な環境下であれば、気象条件が過酷であればあるほど幸福感が高まる」というのは凄くよくわかります。
山小屋ほどの安全・快適さはありませんが、テントだと幸福感は更に倍増するような気がします。

それでは、本年もよろしくお願い致します。

Motoaki Kaku さんのコメント...

飯田さん、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

昨年の年末年始も荒れましたけれど、今年も荒れましたね。それでも予報の段階である程度予測できていたので、入山を控えたり、場所を変更したりした人も多かったのではないでしょうか。

石室には泊まったことはありませんが、石垣で作られた本当に粗末な小屋でしたね。赤岳天望荘は年末年始後はいったん閉鎖するのですが、2月一杯営業するようです。数年前に一酸化炭素中毒事件を起こしましたけれど。

さてヨーロッパの記録です。
10年くらいたってから再読すると記憶がよみがえってくるということで、ほとんど自分自身の為に書いたものです。
長文、駄文を辛抱強くお読みいただき、ありがとうございました。

さて、今日はこれから雲取山へ鴨沢から日帰り往復しようかと思っています。

今年も安全登山を心がけたいと思います。

あさぎ さんのコメント...

あけましておめでとうございます。
年始の赤岳天望荘、とても素敵ですね。

私は写真が撮りたくて一人で登るようになり、
山に対する正しい知識を持ち合わせていないので今年も無理なく安全に楽しみたいと思います。

Motoaki Kaku さんのコメント...

あさぎさん
あけましておめでとうございます

私も無理なく安全に楽しみたいと思っております

今年もよろしくお願いいたします