2025年2月28日金曜日

房総調査山行「鋸山」


冬の房総半島の山は暖かく、蛭もおらず、菜の花や水仙の花が咲きます
蛭の出没を考慮すると適期は12月から3月まででしょうか

これら房総の山は2019年の房総半島台風で大きな被害を受けましたので、再調査が必要です
それで、今シーズンから少しづつ再調査を開始しました
今日は素直ガイドと鋸山を再調査しました
鋸山の見どころは産業遺産ともいうべき石切り場跡と東京湾の展望です
今日はポカポカと暖かく春の一日となりました

2025年2月27日木曜日

のんびり過ごしたウォーレン・ハーディングの命日


今日はグループ・ド・モンターニュの定例会がオンラインで開催される予定です
この定例会は司会者が私なので万が一にも遅刻することは許されませんので夕方に印西クラックでクライミングをするわけにはいきません

庭に出ていみるとフキノトウを見つけました 例年ですと2月10日頃に見つけることが多いのですが、今年は二週間ほど遅いようです
それから一眼レフをもって印旛沼に行き、湖畔のたたずまいを楽しみました
帰りがけにイオン臼井店に立ち寄ってヒガシマルの商品を買いました
すなわち
ラーメンスープ、チャンポンスープ、タンメンスープ

2025年2月26日水曜日

理事会前にLet's Go Climbing!


都岳連理事会がオンライン形式で19時から開催されるので本日のクライミングは無理だとあきらめていました

NHKの「あさイチ」という番組で疲労回復にはイミダペプチドとクエン酸が効果的だと説明がありました へぇ~と感心 それから買い物に行って、散髪に行きました
散髪屋さんでは番号札で順番に呼び出されるのですが12番の呼び出しに誰も答えません
それで13番、14番と進んだ時40年配の男性が「俺の12番が飛ばされた」と大声を出しています お店に人も困っています それで私は言いました
「12番を何度も呼び出したけど知らんぷりしていたのはアンタだよ」
これで一件落着しました

散髪してから郵便局へ行ってクライミング審判員更新研修費の振込して帰宅
ついで洗車用のホースのコネクターを修理しました これで高圧洗浄機を接続することができます
風呂の掃除をしてから湯を沸かし、ゆっくりと湯船につかりました
風呂からあがってから650gのひき肉を使ってハンバーグを作り始めました 一度にたくさん作っておいて、それを冷凍しておけば手間が省けます
すると
15時50分に幸子さんが帰宅
私がハンバーグを作っている最中でした いつもより40分ほど早い時刻です

この時間であれば印西クラックでクライミングをして19時までに帰宅することも可能です
すでに幸子さんは洗濯機を回し始めています
「すぐに行ける?」と問うと「えっ?・・・わかったすぐにしたくする」
ということで本日もLet's Go Climbing!
印西クラックに到着するや否やまったくのレストなしで登り続けました

2025年2月25日火曜日

今夜もLet's Go Climbing!


昨日の印旛沼ウォーキング12kmは時速5~6kmで歩いたのでコロナ明けの一発目としては少し負荷が高すぎたようでした 右足首の関節の痛みが再発して起床後の1時間ほどはきつかった

昨夜、就寝してから南フランスの孫たちの動画がたくさん送られてきていたのでベッドの上で、それを見ていたら幸子さんがNHKおはよう日本の「世界のメディアザッピング」で「ニースのカーニバルが出るよ」と言います
テレビを見るとまさに孫たちの動画と同じニースのカーニバルが放送されていました

午後にはだいぶ痛みも引いて、お風呂の掃除や買い物に行けるようになりました
外に出てみると昨日の冷たい北風はおさまってだいぶ暖かいように感じました

16時半に幸子さんが仕事を終えて帰宅
「クライミング行かない?」「うん、いいよ」
ということで16時50分 印西クラックへ向かってLet's Go Climbing!

2025年2月24日月曜日

コロナ後、初めて歩きました

遠くに点のように見える幸子さん お~ぃ 頑張れ~

コロナ後、クライミングは再開しましたが歩きは控えていました
いよいよ歩いてみるかということになりました いきなり山道ですと途中でギブアップができないので、まずは印旛沼一周で様子を見ようということになりました

過去の大怪我でリハビリの為に印旛沼一周を幾度も歩いたことがあります 景色もいいですし、アップダウンもなく交通事故の心配もありません
舟戸河童公園に車を駐車して反時計回りで12時37分に歩き始めました まずはオランダ風車を目指しました
遠くに救急車のサイレンが聞こえたり、成田空港発着の飛行機のジェット音が時々聞こえたりする以外は風の音と小鳥のさえずりだけです

冷たい風が強く吹いていますが速足で歩いているので丁度良い気温に感じます
しかしながら昼食用に用意した鍋焼きうどんを料理するには風が強すぎます
ラジコン飛行場に機材用の倉庫が並んでおり、それがちょうど風よけになって陽だまりがありましたので、ここで腰をおろして45分ほどかけて鍋焼きうどんを調理して食べました
食後はジェットボイルで湯を沸かし、お茶うけに「クッキー」が美味しかった

この先は堤防工事中で通行止めとの看板が立っています 少し先まで歩いてみましたが確かに工事中だったので、ここで引き返しました

2025年2月23日日曜日

ぐっすり眠ってLet's go climbing!


7時前に起床してスマートバンドをBluetooth接続してみると8時間近くも熟睡していたことがわかりました とても爽やかな起床になりました
朝食を作って幸子さんと食べ、印西クラックの予約状況をチェックすると本日の予約はありません
では印西クラックへLet's go climbing!ということになりお弁当を用意して幸子さんと向かいました

2025年2月22日土曜日

キャンプブームの終焉?シェルターの試し張り


この三連休は温泉・キャンプ・アイスクライミング三昧を計画して準備をしていましたが、今朝起床してみると、相変わらず咳き込んでしまいます コロナ感染症の後遺症が完全には収まっていないようです 素直ガイドには申し訳ないと思いましたが中止を伝えました

積雪期の本格的な幕営は素直ガイドの専門分野ですが、今回は幸子さんを同伴するので冬期オートキャンプで計画していました

素直ガイドが幼稚園児の頃は厳冬期の奥日光で氷点下10℃を下回るオートキャンプを繰り返していました

2025年2月21日金曜日

今日もLet's go climbing!


誕生日を迎え69歳になりました
この歳になると普段と何ら変わらない一日として過ぎていきます
朝起床して幸子さんから「69歳になったね」と言われて、「ああ、そうだった」と思った次第です

明日から三連休
私はガイド養成など都岳連関連のスケジュールを除けば毎日が日曜日状態です
なので三連休だといっても全く関係ないのですが、幸子さんがフルタイムで仕事をしているので二人で一緒に過ごすことができると言った意味では貴重な三連休になります
どこかでのんびりキャンプして温泉に入りたいという話は以前からしていました
この寒気ですから、さらにアイスクライミングができたら最高 とはいっても雪が多いのは車の運転上好ましくないので雪の少ない場所はないかな~
条件に適う場所を見つけました
ということで、その準備をして過ごしました

15時40分に幸子さんが帰宅しました

2025年2月19日水曜日

ウィンカーバルブの交換、M社とのZoom会議、印西クラック 盛りだくさん

左手サイドプルで踏みかえを行うキツイムーブをこなす幸子さん

数日前から左後方のウィンカーバルブが不調でバルブの交換作業を行ったのですが、どうやらバルブの球切れではなく接触不良だったようです 試行錯誤しながら着脱すること4回 時間がかかりました

帰宅するとすぐにM社とのZoom会議 素直ガイドも参加して行われました
そうこうしている間に廣川さんからメールがいくつか入り、来月実施されそうな雲行きなので人の手配を開始しなければなりません

16時過ぎに幸子さんが帰宅
事前に用意していた稲荷寿司とのり巻きを食べて印西クラックへ出発
印西クラックに到着してみると室内がきれいに整理整頓されています 昨日の利用者がきちんとしてくれたようです
幸子さんは絶好調
私もコロナの不調からだいぶ復活しつつある手ごたえを感じました

2025年2月17日月曜日

コロナ感染症を経て・・・


毎晩、焼酎に柚を加えてソーダで割って食道から胃の中まで入念なアルコール消毒を続けてきたというのにコロナに感染してしまいました
闘病すること九日を経て今日、幸子さんと印西クラックでクライミングを再開
幸子さんの調子が良いようです 「コロナで体重が2kg減少したからかも」と言っています
私も痛めていた右中指の腱が完治した感触がありました

この土日には都岳連ガイド養成8期の実技3が八ヶ岳で実施されましたが私を除く講師四名にお任せいたしました 素直ガイドも日大山岳部創立100周年の式典で不参加でした

2025年2月16日日曜日

新型コロナ感染症 陽性


初めて感染しました
新型コロナ感染症が5類になって厚労省では発症後5日間が他人に感染させるリスクが高いことから、発症日を0日目として5日間は外出を控えることを勧めています
幸子さんは症状が軽く、幸子さんは7日目から通常勤務に入りました
一方で私はかなり重症でした
2月 8日土    発症 最も体温が高く38.3℃ メールを打つのが辛い
2月 9日日    咳と喉の痛みでほとんど眠ることができませんでした
2月10日月   クリニックに行き、陽性判定 咳と喉の痛みが激しく血の痰が続きました
2月11日火   平熱に戻るも咳は続きました
2月12日水   以降も咳と関節の痛みで海老のように丸まって寝る
2月13日木   喉の痛みは和らいだが、咳が続く

2025年2月12日水曜日

ザックの流儀

日大山岳部OBのガッシャー100リットルに挟まれた私のライペンマカルー80リットル
剱沢にて

54年間に渡って夢中で山登りを続けてきましたから、並行するようにおびただしいギアを買い続けてきました かさばるものや再利用が困難なギアは捨てました 例えばクライミングロープやザックです 
ですから手元に残っているザックはさほど多くはありません それでも10個~15個くらいはあるでしょうか

私も御多分に漏れず72cmキスリング型ザックで地獄のような山登りをスタートしましたが、それは1971年でした
その後、国産のナイロン製アタックザックという縦長のザックを使うようになり、海外ブランドを含めて現在まで大きな変更はありません
バックパッキングの流行に誘われてJANSPORT(ジャンスポーツ)のフレーム機能付きのザックを使用していた時代もありました

しかしながら幕営による山岳クライミングが主体の私がたどり着いたのは丈夫でシンプルなザックがベストという結論でした

2025年2月6日木曜日

孫娘と過ごす穏やかな冬の日とコルティナ・ダンペッツォ

もうすぐ一歳の誕生日を迎える孫娘

強い寒気が入って日本海側の豪雪の模様がテレビから流れてきます
北海道の帯広でも24時間で120cmの積雪増があったと報道されています
次の冬季オリンピックはコルティナ等で実施されますが開催まで1年とのこと コルティナ・ダンペッツォの映像がたびたび放映されました 懐かしいカトリック教会やドロミテの山々 幸子さんとコルティナからシャモニまで1日で車を走らせたことがありました

昨日用意した加湿器のおかげで長女はよく眠れたと言っていました
気温は低いのですが晴れているので陽がリビングの奥まで射し込んできてポカポカとしていました

2025年2月5日水曜日

孫娘がやってきました 夜は印西クラック


長女の夫がコロナに感染したということで昨日から長女と孫娘が我が家に避難してきました
孫娘との数日の生活が始まりました 今月1歳になる孫と過ごす私は楽しいのですがコロナで自宅に取り残された父親のさみしさはいかばかりかと思います

今日は午後から長女が父親への補給や買い物に行っている間、私が孫娘のお守りをしました
楽しく遊んでいたんですが玄関のチャイムが鳴りました 一瞬たりとも孫娘から目を離すことはできないので抱っこして玄関のドアを開けました
立っていたのは警察官でした
「通常の巡回訪問です 何か変わったことはありませんか?」
とのこと

玄関からリビングのソファーに戻ると、それまで上機嫌だった孫娘が泣き始めました
高い高いをしてもダメ アップルゼリーを出してもダメ 抱っこしてもダメ YouTubeでもダメ 結局、長女が帰宅するまで泣き続けました

2025年2月3日月曜日

情報量の少ない「山と高原地図」“三浦・房総”


整備された登山道の標準的なコースタイムを把握するために昭文社「山と高原地図」を参考にします
「山と高原地図」シリーズに“三浦・房総”が追加されたのは昨年三月でした
書店で簡単に中身をチェックしたところ情報量が少ないので購入しないで1年近くが経過しましたが、昨日BigHopの書店で買いました
帰宅してあらためて中身を見るとあらためて情報量の少なさを感じました

2025年2月2日日曜日

ファーネス・インダストリーズ


天気予報通り雨の日曜日を迎えました
日曜日ですが印西クラックは予約が入っていないので幸子さんと設備のチェック&メンテナンスを兼ねて午前中から行くことにしました

時間的余裕があるのでお弁当を作りました
のんびりしながら幸子さんとお弁当を食べてくつろぐこと自体がとても楽しいですし、私が作ったお弁当に対して「とても美味しい!」と幸子さんが言ってくれるので言うことなしです

BigHopに到着してみると日曜日とはいえ雨が降っていますから観覧車の下の広場には子供たちの姿があるはずもありません

お弁当を食べてからレッツゴークライミング

2025年2月1日土曜日

宝篋山を登ってから印西クラック


茨城へ行くには利根川を渡るために印西を経由します
ということは印西クラックや印西市立松山下公園大前傾壁のクライミングと組み合わせることが可能だということです
今日はそんな一日でした