一時帰国していた孫が離日する日がとうとうやってきた
とてもしょんぼりすることには変わりはないのだけれど、2022年2月に渡仏した時とは状況は変わっていた
あの時は母親である次女にとっても未知の世界への旅立ちだったから、送り出す私たち家族も感傷的な気分を超えた不安というものがあった
あれから2年半が経過し、孫たちにも友達ができて、夫の仕事も順調でベンツがあり、次女もフランス語の国家資格の最上位を取得し現地の会社で最優秀社員表彰を受けるなど生活基盤が確立している
そして孫娘も待っている
私は孫がまだぐっすりと眠っている6時10分に筑波山へ向かって出発した
紅葉の真っ盛りをむかえた筑波山での日テレ取材は順調に進んだが、少々誤算だったのが順番待ちのロスタイムだった 女体山を往復するだけで1時間以上、下山のケーブルカーが50分 合計2時間あまり行列に並ばなければならなかった
取材クルーとつくば駅で解散したのは18時半
放送は明朝だというから、これから新橋の日テレタワーに戻って徹夜で編集作業などをするのだろう 頭が下がる思いだ
私は素直ガイドに連絡を入れた
一旦、四街道に帰宅する余裕はないので直接羽田に向かうと
素直ガイドは羽田まで孫たちを乗せて出発しようとしている直前だったと思う