いまどき、クライミングといえばインドアでのプラスティックホールドを登るロッククライミングならぬプラスティッククライミングをイメージする人も少なくないのではあるまいか
市販されているクライミング技術書の多くもこのような整備された環境下で行われるクライミングの安全性をいかに極限まで高めるかという点に意をはらって書かれている
息子も大学山岳部仲間とジムに行くし、部室にもクライミングボードがあるようだ
当然、ジムクライミングの影響を強く受けている
実際の山岳でのクライミングもおかれた環境を別にすればプラスティッククライミングと多くの点で共通するものがある
だが、安全性確保という面でみると異なる点がある
誰でも気がつくのは支点とホールドの強度や自然環境だと思うが、これ以外にもいくつかのポイントをあげることができる
重要な点を一つ上げるとすればそれは
前者では登っているクライマーの安全性を主体に考えればよいが、後者はビレイヤーを含めたパーティーの命運を考慮しなければならないという点だと思う
かみくだいて具体的に説明すると前者ではクライマーのグラウンドフォールを避けることが主眼になるが、後者ではランナーからビレイアンカーまで全てが破壊されてパーティー全滅とならぬ為の対策が第一となる
一般的なフリークライミングの場合、最初のランナーまではボルダリング的な扱いをされているルートが少なくない
致命的なグラウンドフォールとはならないし、よほどのことがない限りビレイヤーが巻き込まれることはないからである
だが、山岳クライミングはそうではない
不安定なテラスから転落してしまうし、登り始めではロープが出ていないので、いつでも落下係数2の墜落が起こり、ビレイヤーを巻き込んで落下する危険性に満ちている
だから山岳クライミングの安全確保の具体的なポイントはピッチの登り始めの2メートル3メートルの間にどれだけ確実なランナーがとれるかにかかっている ここで5から6個は取りたい
これ以降もランナーの間隔をなるべく短く取っていく。なぜならフリークライミングとことなり落下中に岩に接触する、あるいは途中のバンドに激突するなどの危険が高いからだ
当然、ランナーによるロープの屈曲ははなはだしいものがあるから、フリークライミングで使われるようなクィックドローではなく長いスリングを多用することになる
奥鐘山西壁に代表される国内のRCCⅡルートグレード5級から6級ルートの場合40mのピッチで用意しなければならないランナーセット(通称ヌンチャク)の数は鹿山会登攀倶楽部の規則では20本としていた
実際の岩場では10個程度のランナーとなることが多いのだから、10個のランナーでいいのではないかという人がいるかもしれない
でもそれは大きな間違いだ
たくさんのランナーをとろうとして、結果として10個しかとれなかったということと、最初から10個のランナーしか持っていかないというのは意味が大きく違う
山岳クライミングでは常に落下係数を考慮した対策が求められ、さらに落下距離を短くすることも同時に要求されるのである
前置きが長くなった
私の40数年の蓄積されたノウハウを、息子に教えなければならない
講習項目は次の通り
1.入念なバックアップが施されたアンカー設置の具体的方法
2.懸垂下降の厳守しなければならない手順
3.懸垂下降の空中停止
4.落下係数を意識したランナーの配置
5.シングルロープのリード
6.ダブルロープのリード
2013年6月30日
場所は丹沢モミソ沢出合の懸垂岩
誰もいない静かな岩場で朝8時から夕方16時まで妻と息子と私の三人だけで黙々と講習を続けたが、教えるべきことがらの十分の一も講習できなかった
※懸垂岩の上部終了点付近は岩が崩壊しつつあり、危険である
岩を落とさないような注意はもちろんだが、岩場の下で不用意に立っているのはきわめて危険
ましてや休憩するなどは自殺行為かと思う
ハイキングや沢歩きの人たちが岩場の下で立ち止まったり、休憩しようとしていたら、注意するのは義務である
もし事故が起こった場合、注意を促さなかったクライマー側が悪いと承知すべきだろう
普段使っているギアを持ってくるように息子に言った
少し気になったのはワイヤーゲートのカラビナの比率が高いことだ
その理由を問うと衝撃荷重時のゲートの「瞬き現象」が少ないからだという
おう、そこまで細かいことを知っているのか・・・確かにそうだな
けれども煩雑なロープワークを要求される山岳クライミングのビレイステーションで無意識にゲートに荷重されることは良くあることではないだろうか。石渡君と奥鐘の近藤吉野に挑んだ時にワイヤーゲートがいとも簡単に変形してゲートが開放された経験を持つ私にとって山岳クライミングにおいてはワイヤーゲートカラビナの使用は避けたいというのが正直なところだ
いつだったか長女、次女の三人でヨセミテへ行ったときに息子へのみやげとして買ってきたTシャツ
屏風岩東壁を登った小学6年生の頃に比べると、たくましくなったなぁとつくづく思う
シングルロープでのリードは基本中の基本
フリークライミングで使われるクイックドローよりも60cmから120cmのソウンスリングによるヌンチャクの方が汎用性に富む
カラビナもフリークライミングのクリップ性能を重視した形状よりもプレーンなものが癖がなく使いやすい
雨が降り出しそうな雲行きだったのでタープを張ってベースキャンプとした
このタープの下で休憩時間にくつろいだ
写真には写っていないが折りたたみ式のテーブルを持ち込んでお茶を飲み食事をした
わたしの“黒い瞳”よ
「危険の本質を見失うことなかれ」
と願う