2016年4月26日火曜日

カタリナ賀来明子の葬儀ミサ


先ほど大分中津から帰宅した

敬子伯母から母宛てに95歳の明子伯母帰天の知らせがあったのは24日夕刻だった
26日12時から中津カトリック教会で葬儀ミサが行われるという
2月に帰省した際に明子伯母を見舞ったのが最期となってしまった

25日、昨日
中津日帰りは無理なので母の実家湯屋に昨夜遅くに入った
中津駅まで従姉妹の鏡子ちゃんが迎えに来てくれた
東京から小倉まで新幹線で5時間近くかかるが、今回はさほど疲れを感じなかった
理由は酒を飲まなかったからだと思う
もう蚊がいるというので湯屋では蚊帳を吊ってくれた




26日、今日
昨晩は一度も地震を感じることなくぐっすりと眠ることが出来た
朝一番で賀来の墓参り
墓の草むしりを湯屋の叔母と鏡子ちゃんが手伝ってくれた
今までは墓の手入れは明子伯母と伊達がしてくれていたが、今後はどうなってしまうのか、などと思ったりする

先祖から受け継いだ田畑を荒れ地にするわけにはいかないので、父と親しかった賀来の集落の人に貸して耕作していただいている
この挨拶を目的に年に一度は帰省して集落を廻る
今のところは慶ちゃんの息子と言うことで通用しているが、私の息子の世代ではそうはいかなくなる
中津で生まれ千葉に住むようになっても明子伯母からはいつ中津に帰って来るのか、と言われ続け、必ず帰ると答えていた父を見ながら育った私は中津に対してそれなりの執着を持っているが、息子にはあろうはずもない
このような事情はどの家でも同様で、実際に母方も含め従兄弟で中津に暮らす者は誰一人としていない
賀来の墓参りを済ませてから、小袋の墓参りにも行きたかったが時間が許してくれなかった
イオン三光でワイシャツを買い求め湯屋に戻って、礼服に着替えた
20kgを超える減量で礼服はダブダブで、まるで晩年の北ノ湖ようだ


鏡子ちゃんに送ってもらい中津カトリック教会の通用口へ入ろうとしたとき敬子伯母から声をかけられた

ミサには多くの従兄弟が集まった
殿児伯父や明子伯母がお世話になった古城教会の信徒の方々と共にミサに与った