2016年3月12日土曜日

治療の見通しと印西でのクライミング


寒の戻りというのだろうか、ここ数日寒い日が続いている
息子は3月8日から彼にとって日大山岳部主将として最後の合宿となる横尾尾根へ向かった

午前中は診療の為に病院へ行く
執刀医のSRGさんは4月で元の大学病院へ戻るというので、今日が最後の診察になる
重度のピロン骨折だったからクライミングへの復帰は難しいというのがSRGさんの見立てだったので、私がこうして5.10を登り始めたことを共に喜んだ 人工骨の経過も順調だという
右足首に埋め込まれたチタンプレートは7月以降に摘出することになるが、35年前の一ノ倉沢烏帽子沢奥壁ダイレクトでの骨折と今回の骨折で関節内に骨片が残っており、これを除去しなければいずれ人工関節への切り替えの可能性がある
骨片を除去するためには関節内にカメラを挿入するが、関節の軟骨がほとんど消滅している状態では、カメラを挿入する隙間がなく、従って骨片除去手術がうまくいくかどうかは疑問が残るという
7月までしばらくあるのでじっくりと考えることにして、午後からはカトリック西千葉教会の財務用エクセルファイルのVBAを記述してから妻と印西へと向かった

19時から21時の2時間という短い時間だったけれど5.10+のリハビリルートを4回ほど登ることができたし、妻もトップロープのビレイの元でロープクリップの練習を繰り返した
砂田は例のごとく蛍の光が流れ始めるまで登りまくっていた
5.10+のリハビリルートをゆっくりと登りながらフォームを修正していくことを繰り返していると、怪我前には不合理なフォームで無駄に力を使っていたことに気がつく 怪我の功名とはこのことであろうか

満足のいく印西だったが、私が目を離したすきに妻がグラウンドフォールした
2ピン目からのクラムダウンの途中だったのでしりもちをついただけで済んだが、プロの私がアマチュアに妻の指導を任せたのが原因だと少々反省した

次は15日火曜日の習志野東部体育館である