2024年8月19日月曜日

吾妻連峰 山形の山

名月荘にて

山形県と福島県にまたがる吾妻連峰を山登りの対象として知ったのは1972年でした
この年、山形インターハイが行われ千葉県代表として高校2年生の夏に大木さん、岩崎と一緒に参加したのです 「槇有恒」氏に初めて会ったのもこの時でした
大木さんの薫陶で岩と氷のクライミングの世界にのめり込んでしまった私が吾妻連峰を再び訪れたのは37年後の2009年でした きっかけは大怪我でした その年の正月山行で左足の脛骨を螺旋骨折した私はチタンパイプの入ったままでリハビリ山行として幸子さん、長女アッちゃん、次女トンちゃんの4人で6月に吾妻連峰を再訪したわけです
それから更に15年が経過した今年の夏に三度目の吾妻連峰を計画しました

さて計画では滑川温泉から前川大滝沢を遡行し、名月荘に一泊するというものでした
リーダーはもちろん素直ガイドで参加者のTさんパーティーに私がコバンザメという位置づけです

8月17日土曜日
16時に八重洲地下駐車場を出発
前日に猛威をふるった台風7号も太平洋へ遠ざかったとはいえ大気の状態は不安定でした
東北自動車道を走っていると17時過ぎに豪雨に見舞われワイパーを最強にしても前方の視界が確保できなくなりました 車の速度を50kmに落としましたが後ろから追突される危険性を感じて大谷パーキングエリアに避難するという一コマがありました 19時20分に「道の駅ふくしま」に到着し車中泊
夕食は近くのセブンイレブンで済ますことがきるので好都合でした

8月18日日曜日
就寝時は蒸し暑く感じましたが夜半から冷え込みました
4時半に「道の駅ふくしま」を出発しセブンイレブンで朝食
6時前に滑川温泉近くの入渓点駐車場に到着 大滝沢は増水しており、さらに追い打ちをかけるようにして雨が降り始めました
しばらく待機していると雨も止みました
この水量では中止した方が良いとの判断がすでにありましたが、とりあえず1時間でも遡行しようということで増水した大滝沢に入渓しました
2段のF1に達するまでのヘツリが危険な状態でした
もし水流に落ちるとそのまま流されてしまう状況で安易にロープを使用すると溺死事故パターンです 山岳会の山行であれば事故を起こしたとしてもリーダーがその責任を問われることはほとんどありませんが、ガイド山行となると話は別です
F1は1段目を素直ガイドのリードで登りましたが、2段目の基部に三人が集合した時点で遡行中止を決定しました
入渓点の橋まで戻ってやれやれという気がしました
さてどうしましょう?と相談した結果、一般登山道をたどって名月荘まで行って一泊することになりました
遡行用装備を車にデポしましたがリーダーの素直ガイドだけは万が一を想定してハーネス、ロープなどのギア一式を担ぎました
滑川温泉福島屋の吊橋を通過料200円/人払って9時に登り始めました
金名水で飲料水の補給を行い素直ガイドが10リットル、私が4リットル背負って名月荘に入りました
14時25分に到着した時には誰もいませんでしたが、16時頃になって大学生20人近いパーティーが到着してにぎやかになりました 話によると大学の授業としての登山ということでした つくづく若いってイイナと思いました
さて、私たちですが今回も素直ガイドが食事の世話を全部してくれました
実は食事自体が準備から後始末まで講習になっていてそれを解説しながら参加者に学習してもらうという次第です メニューは新作「どてに丼」と定番「味噌汁」そして最後は飲み物
素直ガイドの話は「45kgのザックを背負って平常の呼吸で登る」為のトレーニング方法にまでおよび、その内容に参加者のTさんは驚いたのではないでしょうか・・・というか私自身が驚いてしまいました
今日は満月で、それを素直ガイドが撮影していました

8月19日月曜日
夏山には時間管理の鉄則があります
それは雷雨が来る12時までに行動を終了しておくということです
その為、2時起床4時出発が鉄則になっています
とはいえ今日は下山するだけなので、素直ガイドものんびり出発にしてくれました
4時30分にバーナーに点火
前夜に準備しておいた手順に従ってテキパキと食事の準備が整えられて行きます
鯛めしと味噌汁
5時には同宿の大学生パーティーも起床しました
5時20分には食事も終わってパッキングを完了し、5時45分には出発となりました
朝露で木道が氷のように滑ります
途中で鉱山の遺構を通過しますが小型ダンプカーが打ち捨てられており往時の繫栄が偲ばれます
素直ガイドの調べによると鉱山は1970年に閉山したとのことですからごく最近のことです
打ち捨てられていた小型ダンプカーもボンネット型ではなくキャブオーバーでしたから納得できる話でした
9時48分に滑川温泉到着
風呂はあえて姥湯まで行きました
こんな時間的余裕のある時でもなければ姥湯に行く機会はないかもしれないと思ったのです
1972年に訪れた時には木造のひなびた風情に驚いたものですが、さすがに50年以上が経過し建物は立派になっていました 姥湯は秘湯中の秘湯の露天風呂です 石鹸もシャンプーはおろか手桶すらありません
八ヶ岳の本沢温泉の露天風呂を上回るワイルド感が最大の魅力でしょう
帰りはセブンイレブンと「道の駅ふくしま」に立ち寄ってから12時40分高速道路に入りひたすらアクセルを踏みました 小さな渋滞はあったものの16時25分に八重洲地下駐車場に到着
Tさんが「道の駅ふくしま」で桃を一箱買って、その内の9個をプレゼントしてくれました
素直ガイドと私の二人ではとても食べきれないので長女におすそ分けして、残りは冷凍して幸子さんと食べたいものです

峠駅
昔はここでビバークしていましたが現在は禁止です

大滝沢F1の一段目

大滝沢F1の二段目

展望台からの支流

金明水
素直ガイドが10リットル、私が4リットルを汲んで名月荘へ向かいました

ノウハウのかたまりとも言える夕食の一コマ

今回の宿泊は名月荘

名月荘の周辺は尾瀬のような湿原になっています

名月荘の二階から見る名月湖

夕陽がさしこむ小屋内部

素直ガイド撮影

素直ガイド撮影

素直ガイド撮影

素直ガイド撮影

素直ガイド撮影

素直ガイド撮影

鉱山であったことを示す遺物

鉱山跡に残された小屋

打ち捨てられた小型ダンプカー

トロッコ軌道跡

檜葉の巨木


すっかり減水した大滝沢

姥湯

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