県民スポーツ大会クライミング競技の当日となりました
クライミング競技を県体として実施したのは1992年が初回でした
その記憶されるべき第一回目の会場は“スポーツスクエア新松戸”
“スポーツスクエア新松戸”は民間のスポーツジムで、そのビルの外壁をクライミングコンペに活用してくれないか?というオファーがあったのです
ルートセッターにはジャック中根氏に頼みました
ですから今回の大会は「第34回県民スポーツ大会クライミング競技会」ということになります
その後、野田市立体育館の外壁クライミングウォールで実施され、しばらくして習志野市立東部体育館を経て印西市立体育館になりました
野田で実施した大会では鈴木謙造君が優勝したことを記憶にとどめておきたいと思います
さて、本日の話に戻りましょう
幸子さんが印旛郡市の選手として参加します
岩崎をはじめとする関係者に散々頼まれて仕方なしに参加しているのです
とはいえ幸子さんは1992年の第一回大会にも出場しています 今回の参加者の中で第一回大会の経験者は幸子さんだけで、女子参加者の中では最年長になります
簡単な朝食を済ませ、一方で手の込んだ昼食用の弁当を作って出発しました
会場に到着してからは幸子さんとは私は「選手」と「スタッフ」という識別カードによって行動管理が別になります
私は岩崎からビレイヤー統括を行うように指示されていますので、競技前にビレイヤー8名に対して“ビレイマニュル”を配布し解説しました
配布した“ビレイマニュアル”は都岳連「ガイド養成マニュアル」を素人にもわかりやすいようにアレンジしたものです
競技は男女ともに2本のルートをフラッシュで登ってもらい、その結果を基に、男女それぞれ8名でオンサイト形式で決勝が実施されました
私はビレイ統括を申し付かっていますので直接ビレイすることはありませんでしたが、男子決勝だけは私自身がビレイヤーをつとめました
男子決勝のルートは素晴らしい設定になっていました
4ピン目までは安定した安定したクリップが可能でしたが、それ以降は不意落ちの可能性が高いムーブの連続でした ビレイヤーとしても痺れました
さて幸子さんです
決勝に残ることはできませんでしたが、彼女自身が目標としていた4ピン目クリップまで登ることができました
素晴らしい!








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