2012年9月20日木曜日

Rock&Snow57号 さらばボナッティ、そしてジョン・バーカー



「岩と雪」時代には編集後記に至るまでなめるようにして毎号5回も10回も繰り返し読み、その内容をほぼ暗記するほどだった
で、それをネタにして岩場の下で何時間もクライマー同士で尽きぬおしゃべりをする・・・。そんな時代だった。
現在はそれほどではないにしろ、いつも楽しみにしているRock&Snow
9月発売の57号の編集後記を読んで感動した
編集後記を読んで感動するとは私のアタマは少しばかり変態気味なのかもしれないが・・・


編集後記には
池田常道氏による数行の文章 「パトリック・ギャバルーを覚えていますか?」とある
最初?と思ったが「パトリック・ガバルー」のことだとすぐに気がついた
今年61歳になるガバルーは、今夏モンブランのイタリア側に二つの新ルートを拓き、その内のフレネイのグランクーロワールの一本に対して「さらばボナッティ」と名づけたという

ガバルーは1970年代後半に活躍したフランスのクライマー
私が1979年の夏に買ったメタルシャフトのピッケルはシャルレの「モデル:ガバルー」
我が家には20本近くのピッケルが転がっているが、「ガバルー」は30年以上に渡って使い続けているお気に入りの一本。アイスクライミング以外はほとんどこの一本で済ます。昨年のヨーロッパでもこのピッケルを使用した

その61歳になるパトリック・ガバルーが、今年亡くなったボナッティの名を冠したルートを拓いたという
この編集後記は「おまえにも必ずできる」と語りかけているかのように私には感じられ、心が熱くなったのだ

それから内輪ネタで恐縮だがRock&Snow57号には「石渡健」君の対談が載っている
ヨセミテのキャンプ4にある世界で最も有名なボルダープロブレムのひとつ「ミッドナイトライトニング」を登ったときのいきさつや、「見張り塔からずっと5.14a/b」「シュピネーター5.14a」などの印象などが語られている
「ミッドナイトライトニング」の名を聞いて伝説のフリークライマー「ジョン・バーカー」を思い出し、顔がゆがむほどの激しい動揺を抑えきれないクライマーは私だけではないだろう
そして健君の登攀履歴には私と登った奥鐘山西壁OCCルートを「賀来素明さんに連れられて」と付記してくれている
健君ありがとう

2 件のコメント:

katsumi iida さんのコメント...

17日の記事のコメントにレビュファの名前が出てきて(ちなみに、肺がんという説もありましたね)、今日はボナッティ、そしてバーカーの名前。

僕などにはみんな神様そのものですが、あちこちのサイトを覗いていると、フリークライマーでバーカーを知らない人もいるし(この人達はギュリッヒもエドランジェも知らないんだろうな)、
アルパインでは、テレイを知らない人もいました。
多分、ボナッティも、レビュファも、カシンも、ヘルマン・ブールも知らないんだろうな。
伝説の名クライマーを知らなくても凄い記録を残しているクライマーはいくらでもいるでしょうから、知らないからといって、クライマーとしては何の不都合もないとは思いますが。

多分、自分が机上の登山者、机上のクライマーになってしまったから気になるんでしょうね。
でも、池田さんは、クライマーではないけれど、池田さんが編集長だった頃の「岩と雪」が一番面白かったような気がしているのは僕だけですか? アー、そうですか (~_~;)

kurovinga さんのコメント...

飯田さん、おはようございます。 これから妻と丹沢へ行こうと起きてきました。
レビュファですが、肺がんですねたぶん。乳がんと書いている記事もありましたが。

私たちは分類で言うとクライマーだったのですが、レビュファとバーカーが記憶の中で違和感なく共存できるという、やや珍しい特殊な人種かもしれません。こういった人種はもう二度と出てこないと思います

それは1970年代後半の国内の登攀界のどうしようもない閉塞感の時代にヨセミテを震源とする衝撃的なフリーという大きな津波に襲われたという、背景を持っているからだと思います
この津波によって一ノ倉沢の変形チムニーなどの4級ルートあたりでうろちょろしていた山屋はほぼ全滅しボンボリーズとさげすまされるようになった
一方で登攀を真剣に考えるクライマーたちはフリークライマーとなって再生した

そんな感じだと思います
ジャック中根あたりも同じような捉え方をしているんじゃないかなぁ

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