2016年9月10日土曜日

ようやく退院 この六日間を振り返る

夕暮れの病棟からみる「山の上ホテル」

今日、午前中に退院できた
三回目の手術はどうやら成功し、悩まされていた疼痛は解消したようだ

だが、
喉もと過ぎれば熱さ忘れる
なにごとも辛い思いからは目を背け、楽しい思いだけが残る
そして、同じような愚かな過ちを繰り返す
小さな過ちが引き起こした結果の一つである三回目の手術と入院 その事実を私だけでなく子供たちや山仲間の為に、目を背けることなく書き残しておきたい

●入院の目的
 1.固定プレートの除去
 2.関節内の骨片の除去
固定プレートの除去だけであれば、居心地の良い「みつわ台総合病院」で十分だったが、骨片の除去が困難との理由で日大病院を紹介してもらった
1982年の一ノ倉沢烏帽子沢奥壁ダイレクトルートでの事故で、同じ右足首を骨折しており、度重なる酷使で関節が変形していることが、手術を難しくしているという
骨片の除去には関節の隙間に関節鏡というカメラを挿入するが、そのカメラが挿入できないほど変形が進行しており、骨片除去はできず、プレートの除去のみで手術が終わる可能性があることを告げられていた

●入院
9月5日入院
日大病院の9階B病棟8号室 この病棟は整形外科の病棟で、ベッドの都合で差額ベッドを利用
新築の病室は明るく清潔で快適 窓からは「山の上ホテル」を見下ろすことができる
当初、入院期間は二泊三日とされていた
手術に先立って7月7日にCT撮影が行われ、すでにプレートが再生された骨の中に埋没している状況であることがわかっていたので、ひょっとして入院期間が延びる可能性も示唆されていた
この予測は的中し、入院期間は五泊六日となった

●手術
前夜の夕食後から手術当日10時までの間にOS-1という経口補水液を1.5リットル飲むだけで食事は無し
6日 手術室が空くのを待って二時間遅れの15時にスタート
全裸になって手術台の上に横臥し腰椎麻酔
みつわ台総合病院時代からお世話になっている執刀医のSRG先生によると
「かつて経験したことのないほどにプレートが骨に埋没しており、骨を砕く必要があり除去に時間がかかった 出血が多いのでドレインのパイプを処置した 骨片の除去はかなりできた」
とのことだった
病室へもどったのは17時30分 ベッドに横になり酸素吸入、各種点滴が施された

●手術後から退院まで
術後の夜 麻酔が切れてからの痛みは辛いものがあり、一睡もできなかったが、鎮痛のための座薬を投薬してもらわず耐えた
昨年の二回の手術、そして2009年の左頚骨の骨折時には座薬を投与してもらっても苦しんだことを考えると、少しはましだったかもしれない 今回は骨折しているわけではないので寝返りを打てたのは救いだった
7日 朝には尿道に挿入されていたチューブを抜いてもらい、車椅子でトイレに行くことができるようになったが、相変わらず焼け火箸が押し付けられるような激痛が走る
朝の回診で包帯に覆われていた手術の傷口を始めて見たが、ドレインによる出血でガーゼは血の海で目をおおいたくなるような状況だった しかしこれが現実なので目を背けることなく直視しよう
午後になって痛みは幾分やわらぎ始め、自力で歩行できるようになったので車椅子を返却した
8日 朝の回診で患部を確認するとまだ出血は続いている
入院が三日延長になったので着替えが足りなくなるかもしれない 病室は24℃で汗はほとんどかかないので着替える必要性は低いかもしれないが、気分転換にもなるのでコインランドリーで洗濯をした
この一年間悩まされ続けていた歩行開始後10分間の疼痛が解消していることに気がついた
9日 朝の回診でドレインのパイプを抜いてもらった 抜く時に激しい痛みがあるのではないかと身構えたが、するりと抜けた
手術による痛みはほとんど感じなくなり病院内を自由に歩きまわれるようになった
夕方、錦糸町のジムでお世話になった「夜間飛行」さんが錦糸町へ向かう途上で御茶ノ水で途中下車してくれてお見舞いに来てくれた 談話スペースでクライミングの話をするのも楽しい
10日 退院前にSRG先生の処置を受ける まだ出血は若干続いている 一ヶ月間は足への衝撃は不可!と釘を刺される
手術後にドレインを処置してもらったせいか患部の腫れはなく、普通に靴下をはいて、靴も履ける
骨折しているわけではないので松葉杖も不要で、疼痛もなくすたすた歩くことが可能
11時に退院の手続きをしてお世話になった日大病院をあとにした
帰りがけに御茶ノ水から秋葉原まで歩き、レーザーポインターを購入して家路につき、13時半に帰宅した
今日は土曜日なので習志野フリークライミング協会の練習日だ
登りたい気持ちで一杯だが抜糸も済んでいないこの状況で登ることはやめておいた方がよかろうと、諦めた
明日は17時から21時まで印西 私は登るわけにはいかないが、妻のビレイ役で行って見ようかと思う

さて、息子の槍ヶ岳から日本海までの大縦走もいよいよ終盤
本日、白馬まで到達したとの連絡があった

問題は9月22日から計画されている土橋さんの捜索活動である
今後はみつわ台総合病院で治療を受けることになる
傷口の治り具合との相談になるが、十日あまりでは難しいかもしれない
今回の私の病室


夕食の一例
粗食になれている私にはこれでも十分なご馳走だが
いつもの食事に比べるとたんぱく質がかなり少ないように思う

これが一年間に渡って右くるぶしに固定されていたプレート
記念に頂戴した

プレートに刻まれた傷は骨を砕く時に付けられたもので手術の苦労を物語っている


9月8日 手術後二日目の患部
手前にドレイン用のパイプが見える
それにしても派手に切開したもんだなぁ・・・


入院中はRock&Snow73号を読んで過ごした

これは本日の退院前の模様
ほんの数時間前の撮影
だいぶ出血が止まったことがわかるが、それでも今夜の習志野と明日の印西は無理だ