2021年11月28日日曜日

今日、母が亡くなった

中津高等女学校時代の母「湯屋妙子」

 今日は幸子さん、素直ガイドと朝9時に家を出て、印西クラックと松山下公園体育館利用認定会を終えて20時に帰宅してみると風呂場の浴槽の中で母が死んでいた
すぐに119番に連絡したが、死後硬直状態だった
とても無理だということはわかっていたが電話口で消防の方の指示に従って心臓マッサージを行った 消防の方に「あきらめないで」と励まされながら救急車が到着するまで続けた
上級救命技能認定者としての初めての心臓マッサージの対象が母になるとは・・・

消防に来てもらったが死亡が明らかなので警察にバトンタッチされ四街道警察署の刑事課の警察官が対応してくれた
夜中だったが妹たちや私の子供の全員が駆けつけてくれた
検視の為に母は四街道警察署へ連れて行かれた
92歳だった

11/29追記
都岳連「プロガイド養成委員会」関連の資料を作成し28日中に配信する約束だったが、残念ながら日付が変わってからの配信となってしまった
とても眠れなかったがリビングで素直ガイドが時間を共有してくれた
朝から妹たちや娘たちが来てくれた
四街道警察署から連絡があり、夕方母を迎えに行く 死亡推定時刻は28日の午前11頃 死因は溺死ではないので苦しむことなく眠るようだったのではないかと刑事さんが説明してくれた
私が朝風呂に入ったから、浴槽には湯がはってあり、それで入浴したらしい
明日、死亡診断書が発行されて、その後の日取りが決まる
葬儀は県内に住む母の子供・孫・ひ孫だけで執り行う予定 幸いにも全員千葉県内に住んでいる
ほとんど眠っていないので疲れたが、23年前の父の葬儀の一週間に似た感覚を覚えた

11/30追記
母と二人でヨーロッパ旅行に行ったことがあるけれど、その旅行の帰国日がちょうど20年前の2001年11月28日だったということに気がついた

30代の父と母 大分県中津市賀来にて
父はご覧の通りのイケメンでした しかも海軍航空隊飛行予科練習生(予科練)で鍛え上げられた上半身は晩年になってもアーノルド・シュワルツェネッガーのようでした
九十九式艦上爆撃機の搭乗員であった父に母はベタ惚れで、父を褒めることばかりを子供たちに言い聞かせ、私たちは育っていきました

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