2024年7月28日日曜日

「佐藤秀有さんを偲ぶ会」をきっかけに千葉県のフリークライミング黎明期を振り返る


1970年代、ミーハークライマーの極みだった私たちは当時の基準で技術的に国内最難とされていた黒部の奥鐘山西壁正面壁を登ることを目標に活動していました
しかしながら私たちが奥鐘山に一区切りをつけた頃には、日本登攀界はすでにヨセミテから押し寄せたフリークライミングの津波をかぶっていました
私たちもフリークライミング対応に追われ、すでにフリークライミングのルート開拓に取り組み始めていた1982年に千葉岳連に加盟しました
その時の千葉岳連理事長が佐藤秀有さんでした  千葉岳連加盟団体の市川山岳会のミニヤコンカ遭難のあった年です

2024年7月27日土曜日

町内会の納涼祭


私の住んでいる四街道は明治以降陸軍の演習場として栄えた町でした
特に大日、鹿放ケ丘などでは畑に砲弾や鉛の玉がたくさん散らばっておりました
小学生の頃にはこれを拾って売り、小遣い稼ぎをしたものでした
ですから戦前までは人は住んでおらず、現在の住民は全て戦後になってから入植してきた人たちです
大分の賀来家や湯屋家が存在する地域のように千年の歴史をふまえた祭りと言ったものはありません
新しい住民がそれぞれに隣近所で助け合いながら町内会を形成し、各種行事を行っています
例えばゴミ収集や草むしり、下水溝の掃除や雪のあとには道路の雪かきなど・・・
我が家ではそれらの町内会の役割のほとんどを幸子さんが担ってくれています
そんな町内会の納涼祭が今日ありました

2024年7月25日木曜日

大土手山トレーニング


1988年のグランドジョラス北壁を登る時にも基礎体力を養成するために大土手山を走って登っていました
朝4時45分にアラームをセットして大土手山トレーニングを行いました
今回幸子さんに提案したのは毎朝5時10分から5時25分までの15分間に大土手山の階段を数往復するというものです

2024年7月24日水曜日

暑さから逃れて廻り目平へ


印西の利用認定会が終わってから21時まで岩崎、砂田、幸子さんとクライミングをしましたが、明日から避暑の為に廻り目平に行くという話をしたら砂田が俺も木曜日?から行くから、それまでずーと廻り目平に滞在してくれ・・・と言いますが、水曜日の夜にグループ・ド・モンターニュのオンライン定例会があるので無理です
パソコン用のAC電源があれば廻り目平から参加することもできたのですがDC12V→AC100V用コンバータを探したのですが探し出せませんでした

7月21日日曜日
汗だくになって準備をして10時半に自宅を出て、途中でスーパーマーケットに立ち寄って買い出しをして千葉北ICから高速道路へ乗りました
日曜日の真っ昼間の下り線はまったく渋滞がありませんが、逆に上り線は小仏トンネルを先頭にして交通集中による長い渋滞になっていました
中央道は双葉SAのETCゲートで一般道へ入り、あとはいつもの通り茅が岳広域農道を走って信州峠を越えて川上村に入りました

2024年7月20日土曜日

防御技術の重要性


朝6時28分の快速電車で素直ガイドは都岳連クライミングスクール2の講師として三ツ峠へ出発しました

一方で、幸子さんと私はイベントでした
このイベントはJMSCAのスポーツクライミングコーチや山岳ガイドでも不合格になるほどのハイレベルなものです
近年ボルダリングジムが各地にできて登るのは長けているけれどロープの結び方やビレイは不十分というクライマーが少なくありません
イベントは20時近くまでかかってしまいました

2024年7月18日木曜日

「孫の一時帰国準備」と「印西市立体育館大前傾壁」


南フランスのコートダジュールに暮らす2歳の孫娘と4歳の孫息子
2歳の孫娘は今年2月に一時帰国して一か月ほど滞在しました
4歳の孫息子は「次は僕の番だ」と楽しみに期待しているということで11月に一時帰国してくれることになりました
母親である次女が言うには
「日本の教育レベルの高さをフランスで実感し、この機会に4歳の息子を日本の文化と教育に触れさせたい その手段として自分と姉弟が通った思い出深い”さくらがおか幼稚園”に一時帰国中の短期間でもいいから息子を通わせたい」
と言っています

2024年7月17日水曜日

県体成年女子チーム編成と印西市立体育館大前傾壁


出勤する幸子さんを見送ってからNHK連続テレビ小説「虎に翼」を見て印西市立体育館大前傾壁へ向かいました

今日もいつものメンバーで楽しく登りました
そんな中で、今年の県民体育大会で印旛郡市として成年女子チームを構成するにあたり「幸子さんに加わってもらえないか?」とNさんから打診がありました
30年ほど前の県民体育大会クライミング競技会の第一回目に岩崎、砂田の奥さんと幸子さんの三人で印旛郡市成年女子チーム構成したことを知る人は誰もいないでしょう
「幸子さんは嫌がるかもしれないけど、伝えておきます」とNさんには返事をしました

2024年7月15日月曜日

新幹線を使って過ごした東北の三連休


事前の気象情報で悪天候が予測されている場合、山岳会などのプライベート山行であれば臨機応変に日程や山域を変更することが可能ですが、公募型山行の場合には日程がフィックスされています
特に商業公募型山行の場合は「登る山」をコミットしているので場所の変更もできない
2009年7月のトムラウシ遭難の背景にはこのような事情があったことは容易に想像できます

「海の日」三連休に都岳連バリエーションスクールの実技9を実施しました
最終実技となる実技9は仕上げとして黒部の宝石「黒部源流赤木沢」を遡行する計画でした
例年は8月の「山の日」の三連休に企画するのが通例ですが、今年の「山の日」は東京都が担当なのでスケジュールを空けておく配慮をして「海の日」に実施することになりました
ただし「海の日」は梅雨明け前の可能性が高く、その対策が企画立案時の大きなテーマでした

そして迎えた、今年の実技9
梅雨前線の動きを継続してチェックしていました
素人評価では赤木沢の核心部は大滝ということになろうかと思いますが、ガイド視点で評価すると薬師沢小屋から赤木沢出合までの黒部川の遡行が最大の核心部になります
これは大滝はロープを使用することによって安全をガイドがコントロールできる一方で、増水した黒部川本流は安全コントロールがほとんど不可能だからです

2024年7月11日木曜日

冷房が効いていた印西市立体育館大前傾壁

山口先輩のビレイで登る

海の日の三連休を控えて忙しい日々を送っています
都岳連バリエーションスクール実技9を赤木沢で実施する計画でしたが、どうも天気の塩梅が悪いようです
スーパーコンピュータで予測しても予測しきれない梅雨前線の位置ですからハズレとなる公算もありますが、標高2500mの稜線でのリスクと標高1500mでのリスクを同じ物差しで語ることはできません 結局、都岳連の行事として実施するには不適切な気象条件だと判断し場所を変更することで対応することにしました

昨日から都岳連バリエーションスクール実技9対応に追われ、今日も朝から都岳連事務局への保険変更通知や交通機関の下調べなどで忙しい一日になりました

そんな中でもクライミングだけは欠かせません
夕方になって幸子さんが帰宅しいつもの通り印西市立体育館大前傾壁へと向かいました
今日は冷房が効いていて最高でした
相変わらずイモっちゃんのロープが古すぎてロープの繰り出しに難儀しました

2024年7月8日月曜日

参加者に手伝ってもらってガイド養成ビデオ制作


今日、府中では39.2℃だったと報じられています
外に出ると頭がくらくらするような暑さです

今週末に予定している都岳連バリエーションスクール実技9赤木沢
北アルプスでも最深部ともいえる黒部川源流ゆえ、当然ながら天候にも神経質にならざるを得ません 講師の一人としてお願いしていた江崎さんの怪我の影響も考慮しながら素直ガイドとこの件について検討を行って午前中を終えました

午後からはバリエーションスクール参加者向けの特別講習を印西クラックで行いました
特別講習は16時に終えましたが、参加者に手伝ってもらってビデオ撮影をしました
動画の教育的効果は大きなものがあります

2024年7月7日日曜日

私の手料理


幸子さんは小学校に勤めているので昼食は学校給食です
夕方16時頃に幸子さんが帰宅して、連続テレビ小説「虎に翼」を液晶テレビで再生し終わると次の言葉は「お腹減った」です

そのような毎日を過ごしているので午後15時頃から夕食の準備を始めます
土日は山へ行っていることが多いのですが、山へ行っていない時には朝、昼、晩と三食を私が作ったり、幸子さんが作ったりしています
幸子さんが作る時にはとても凝ったものを作ります 例えば筑前煮など・・・

2024年7月6日土曜日

山岳事故の法的責任


都岳連ガイドの認定は都岳連理事会の審議事項になるので、その理事会対応でこの一週間も忙しい日々の連続だった

今日は「山岳事故の法的責任」についての講習会にオンラインで参加した
三重県山岳遭難防止対策連絡協議会によるもので、JMSCA→都岳連経由で案内があった
山岳事故の法的責任についての基本的知識は心得ているつもりだけれど、都岳連で私たちが行っている公募スクールの法的責任をはじめとして、頭の中を整理することのできた有意義な講習会だった
講師の弁護士「溝手康史」さんは適任だったと思う
単なる法的解釈に終始するのではなく登山家としての捉え方が随所にあって共感を覚えた