2006年4月9日日曜日

カトリック山手教会での枝の主日




快晴
JR石川町駅から迷路のような坂道をたどって横浜カテドラルカトリック山手教会に8:05に到着した。

今日は枝の主日とも呼ばれる受難の主日。
処刑されるとわかっていながら・・・というよりも処刑されることを神の意志と受け止めたイエスがエルサレムへ入城する場面がミサの中で再現される。
民衆はユダヤの救世主としてイエスのエルサレム入城をオリーブの枝を振りかざし、イエスの通る道に服を敷いて熱狂の中に歓迎する。
小さな小さなイエスは子ロバに乗ってエルサレムへ入城する。
そしてミサの原型となった最後の晩餐が行われる。
ところがイエスに対して現世の中でのご利益のみを求めていた民衆は、彼に失望。
一変して、バラバを釈放しイエスを処刑しろと声高に叫ぶ。

キリスト信者にとって一年を通じて典礼の頂点である「聖なる過ぎ越しの三日」が木曜日の日没と共に始まる。
木曜日の夜はいわゆる最後の晩餐。
金曜日には十字架の道行きとゴルゴタの丘での処刑。
土曜日には日没後から始まる復活徹夜祭。
日曜日には復活の主日。

イエスは人類の贖罪のために、すなわち人に対する愛のために十字架上で死を迎えたというのがキリスト教のコア部分である。
それゆえクリスマスでのイエスの降誕も、人類の贖罪のためにイエスが生まれたと解釈されるので、キリスト信者はクリスマス自体にも重い意味を感じとることが出来るのであろう。

このような背景があって「神は愛なり」という聖書の言葉がイエスの死を通して本当であったと解釈されるのだと思う。