2015年10月5日月曜日

日大尾根


日大尾根の資料はネット上にはほとんどない
しかしながら初登した日大山岳部には資料が残っているのではないかと思い、息子に調べてくれるように頼んでいた
そうしたら、間もなく安藤さんから日大山岳部のホームページ上に日大尾根初登時の記録を発見したとの連絡があった
昨年までホームページの担当をしていた息子も知らなかったファイルだった
それは2004年に発行された「日本大学山岳部八十年の歩み」と題された300ページに近いボリュームのPDFファイルの中に埋もれていた
テレイ、ラシュナル、レビュファなども参加したフランス隊によるアンナプルナ登頂の1950年
その年の12月から翌年1月にかけて40日間の冬山合宿で登ったもので、ポーラメソッドで日大尾根経由で北鎌尾根を登り、北穂高まで往復するという内容で、臨場感のある読み応えのある記録になっている

日大が初登したので日大尾根と呼ばれるようになったので、当然ながらこの記録には日大尾根という言葉は出てこない
独標側稜右尾根と表現されている
ちなみにこの記録の中で独標側稜左尾根と称しているのが現在独標東稜と呼ばれているものに相当する
この冬山合宿に先立って10月下旬の秋山合宿で独標側稜右尾根の偵察が行われ「尾根の末端に取り付き主稜に出る絶好のルートを見出し・・・」とある
残念ながら秋山合宿の記録は掲載されておらず、雪のない時期の尾根の様子はわからない
記録の最後に「公式記録は会報9号と10号を参照されたい」とあるので9号と10号を見たいものだと息子に問うたところ、20号以前の古い会報は部室の書架では見たことがないが、日本山岳会の書庫にはあると思うとの返事だった
17日に予定されている関東三県合同遭難対策会議には間に合いそうもない