2015年3月2日月曜日

リカルド・カシン 週末の四方山話

先週末の土曜日はアイスクライミングの追加研修&審査でみなかみ町を訪れ、終日に渡ってAGS-J副会長の森鐵彌さんとご一緒する機会を得たことは先に書いた
氷瀑で森さんと交わされる会話はあくまでもガイド養成学校の教官と生徒というものだったが、スケジュールが終わって、新幹線の上毛高原駅へ送ってもらう時に車の中でしばらく話をすることができた

私は助手席から1970年代のクライミングシーンの話題を持ちかけた
RCC-ⅡとAGS-Jさらにモンブランイタリア側における鴫満則さんの話題 そして今日はアイスクライミングの審査だったから、ヴァルター・セキネルのピオレトラクションに話は及んだ

そしてセキネルの時代のギアの話
シモンメタル720とシモンコンドール、マックインネスペックやサレワのアイスハンマー、ハミングバードのチューブピックなど話題は尽きることがなかった
私はこのままいつまでも助手席に座って森さんとの会話を楽しみたかった
上毛高原駅まであと5分というあたりでガストンレビュファ、アンドレコンタミヌ、リカルドカシンの話題になった
その話題のなかで最も印象深かったのがリカルド・カシンの話だった

森さんはカシン70歳で来日した時に三ツ峠を案内したという
カシンにとって初めての岩場で年齢も70歳ということで森さんがリードして登り始めようとしたとき、カシンは森さんを腕で制止したという
つまりカシン自らがリードするという意思表示だった

カシンらしいエピソードだった
実際カシンが80歳の年に、自らが初登攀したグランドジョラス北壁ウォーカー側稜を再登すべく準備をしていたということは有名な話である

その話を聞いていると上毛高原駅に到着した
名残惜しい思いで森さんを見送り、私は新幹線に乗車して家路についた