2016年11月4日金曜日

小林広三さんの訃報


15時過ぎに千葉県フリークライミング協会の目次さんからのメールで小林さんの訃報を知った
一昨年の船橋で行われた忘年会で久しぶりに再会した
「賀来さんからすべては始まった」と小林さんはいう
確かにそうかもしれないが時代の流れでもあった
そして年明けに60歳以上のクライマーを対象にしたマスターズカップを企画しているから出場しないかとの誘いを受けた
相変わらずの熱血漢に再会してうれしさもひとしおだった


小林さんとの出会いは1989年頃だったと思う
1988年に岩崎、砂田の三人でヨーロッパに行ってグランドジョラス北壁などを登ってアルパインクライミングに対する一区切りがついたこともあって再びフリークライミングに熱中している頃だった
そのような背景もあって1989年から1993年にかけて千葉県山岳連盟内部でフリークライミングに関する大きな働きかけを行ったことがある
当時の千葉岳連加盟団体のクライミングに関するレベルはとても低く、高難度クライミングを行っているのは私が所属する鹿山会登攀クラブと島田貞雄が所属する山岳同人一同心だけだった
そんなクライミングに対する私の働きかけにもっとも敏感に反応してくれたのが小林さんだった 言い換えれば私の主張への最高の理解者の一人だったわけである
高体連登山部の中心メンバーだった小林さんがその後千葉県のフリークライミングの浸透に大きな役割を果たしたことは多くの人の知るところである
私が千葉岳連に蒔いたフリークライミングの種
それを育てたのが小林広三さんだったのかも知れない

冥福を祈りたい
父と子と聖霊との御名によりて

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