2012年7月29日日曜日
熱中症による死亡事故、そして昨日の西丹沢悪沢
文科省の管轄組織である日本体育協会。
略して日体協。
ちなみに日本サッカー協会は日体協の一構成員、同じように日本山岳協会も日体協の一構成員。東京都山岳連盟は日山協の一構成員。
更に説明すると日本山岳会は東京都山岳連盟の一構成員。
その日体協のスポーツ指導者の資格を20年近く前に得たことがある。
この資格を得るために講義を60時間ほど受けたように記憶している。
スポーツ心理学からスポーツ生理学、あるいはスポーツマンシップなどの講義があって、とても感銘をうけたことが思い出される。
これらの講義内容は、山でも仕事の上でもとても参考になっている。
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2012年7月21日土曜日
鬼石沢(大滝沢)と夏祭り
そこで、朝5時前に四街道をでて、通いなれた西丹沢の鬼石沢(大滝沢)を急いでのぼり、急いで下山し、急いで帰宅した。
そのおかげで16時には帰宅できた。
長女と次女と一緒に盆踊りへ行った。妻は隣組の店でビールなどの販売を行う。
私はそれを見ながら、来賓席に座って焼き鳥とビールでくつろいだ。
2012年7月18日水曜日
本郷 角萬の蕎麦
猛暑が続くが、どうやら昨日、関東地方の梅雨明けが宣言されたらしい。
午後から港南で会議だったので湯島を12時に出発。
途中で昼食。
ここのところ良く行くのが手打ち蕎麦の「角萬」と言う店。
初めて行ったのは5年位前
現在モスクワにいる足立君がこの近辺で育ったということで教えてくれた店だ。
午後から港南で会議だったので湯島を12時に出発。
途中で昼食。
ここのところ良く行くのが手打ち蕎麦の「角萬」と言う店。
初めて行ったのは5年位前
現在モスクワにいる足立君がこの近辺で育ったということで教えてくれた店だ。
2012年7月15日日曜日
大滝沢(鬼石沢)納涼
三連休だが梅雨明け前なので天候が悪い。一般的に梅雨の後半は集中豪雨となることが多いが、今年もそうだ。
私の生まれ故郷である大分県中津市の山国川はすごいことになっている。見慣れた風景が濁流に流されている様子をNHKのニュースで見た。
天気が悪い上に蒸し暑いので、最悪だ。先週も出張のオンパレードだったので疲れもたまっていたのだろう。出張先のホテルでエアコンをかけっぱなしにして寝てしまったので風邪をひいてしまったようだ。
当初は那須にでも行って三連休を過ごそうかと思っていたが中止
それで三連休の中日である今日は妻とまたもや丹沢へ行ってきた。
2012年7月13日金曜日
カトリック梅田教会
どこへ泊まるかは仕事の都合に依存するので直前まで予測がつかない。今夜の宿を大阪に取ることが決定的になった18時に予約できたのはホテルハートン北梅田
ハートン西梅田は大阪における私の常宿だが「北梅田」は初めて。
阪急の梅田駅からようやくたどり着いた「ハートン北梅田」
ところが、ホテルに隣接して教会があることに気がついた。意匠がカトリック的だが、まさか・・・と思いつつ近寄ってみると果たしてカトリック梅田教会だった。ホテルにチェックインする前に教会の中に入った。
入り口のプレートにはサクラファミリアとある。カトリック西千葉教会が被昇天の聖母マリアとしているのと同じように梅田教会はサクラファミリア、すなわち聖家族教会としているのだろう。
2012年7月12日木曜日
熱風の高松
本場でいただく讃岐うどん
釜玉うどん+昆布天麩羅+なすび天麩羅、これで450円
ところで丸亀製麺という讃岐うどんのチェーン店があるが、
讃岐には丸亀製麺の店舗は一店もないという。
今日は高松往復。ホテルの朝食を摂って新幹線で岡山まで行き、岡山営業所のTさんに案内してもらい瀬戸大橋を渡る。車で瀬戸大橋を渡るのは初めての経験。当たり前だけれどレインボーブリッジとはスケールが桁違い。
フェーン現象と思われる熱風が吹きつける。
2012年7月11日水曜日
2012年7月10日火曜日
2012年7月9日月曜日
2012年7月8日日曜日
2012年7月7日土曜日
雨の丹沢 モロクボ沢
木曜日に出張から帰ってきて土曜日に山へ行くことで妻と意見が一致した
とはいえ天気が芳しくないのでそれなりの場所へ行くことを想定して週末となった
さて、土曜日
想定していた複数のプランの中からモロクボ沢を選択し出発
モロクボ沢の大滝は左のルンゼを登る
半マストで妻をビレイ
2012年7月5日木曜日
2012年7月1日日曜日
2012年6月27日水曜日
航空機からの山岳展望
昨日大阪で一泊し、早朝の便で仙台へ入った。
甲府盆地の上空くらいまでは雲が広がっていたが関東平野へ入ると雲は切れ山々の展望が広がった。
羽田基点で発着する飛行機では航路の関係から上越の谷川岳などを間近に見ることはできません。大阪-仙台便ならではの、とても珍しい景観ではないかと思います。
まずは谷川岳、このアングルから見る谷川岳は私にとって初。
左端に天神平が見えている。一ノ倉の衝立岩正面壁や烏帽子沢奥壁、テールリッジなど手に取るようにわかる。1970年代の思い出の場所だ。
甲府盆地の上空くらいまでは雲が広がっていたが関東平野へ入ると雲は切れ山々の展望が広がった。
羽田基点で発着する飛行機では航路の関係から上越の谷川岳などを間近に見ることはできません。大阪-仙台便ならではの、とても珍しい景観ではないかと思います。
まずは谷川岳、このアングルから見る谷川岳は私にとって初。
左端に天神平が見えている。一ノ倉の衝立岩正面壁や烏帽子沢奥壁、テールリッジなど手に取るようにわかる。1970年代の思い出の場所だ。
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2012年6月25日月曜日
札幌
朝3時半に起床して、四街道駅北口発4時15分羽田行きのバスに乗車
月曜日から、このようなきつい出張を行うと、その週はずーっと調子が悪い
札幌出張の昼食は最近うどん。近くにおいしいうどん屋があるからです。
札幌西区八軒にある「うどん家こむぎ」
うどん屋なのにBGMにジャズが流れているけれどまったく違和感のないおしゃれな作り。写真のかき揚げうどん。これで650円だったかな?
2012年6月23日土曜日
西丹沢
玄倉川の本流のつもりで行ったが、梅雨の影響で降雨がここのところ続いたためにダムの放流が行われていた。三保ダムしかり、玄倉ダムしかり
降雨の影響が少ないマスキ嵐沢へ転進。
峰山橋への林道は途中で土砂崩れと崩壊で通行不能。出合までの丸木橋も流出。
沢の中も三箇所で倒木がバリケードを作っていた
一方で増水によって岩の表面の藻が洗い流されて、ヌルミが消え、フリクションが良く効いて快適だった。
2012年6月21日木曜日
金沢出張
蒸し暑い東京を離れ今日は金沢・福井だった
羽田空港へむかう東京モノレールではシスターがいらっしゃって第一ターミナルで降車された
私は特別なことがなければANAなので第二ターミナル
勤務先の北川さんと小松空港に降り立った
涼しい!
北陸と言うと福井、金沢、富山とそれぞれとても個性的な県が揃っていると思う
山以外には万事興味の薄い私でも
福井には永平寺、一乗谷
金沢は言わすとしれた北陸の京都
富山は何と言っても立山黒部
北陸を創業の地とする企業・産業も多い。ざっと思いつくグローバル企業だけでもナナオ、小松製作所、YKKなど
かように重要な地域にもかかわらず東京からの交通の便は悪い。
小松空港から福井にしろ金沢にしろ一時間近くかかる。
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2012年6月20日水曜日
2012年6月19日火曜日
2012年6月18日月曜日
神戸と名古屋
月曜日の朝9時から神戸で会議ということになった。通常なら前泊というところだろうが日帰り出張も可能。
四街道から羽田空港行きのバスが運行されており、その始発バスにのると日本全国どこでも日帰りができるのである。
ただし4時15分発なので3時半には起床しなければならない。
神戸の会議が終わってから名古屋へ移動。午後から名古屋で会議。会議が終わって新幹線で東京駅にたどり着いたときにはぐったりだった。
明日は高松出張だ
2012年6月17日日曜日
2012年6月16日土曜日
穂高からの息子の帰宅と「あめのきさき」
穂高涸沢で行われていた大学山岳部の初夏合宿から息子が帰宅した。
雨に降られることもなく順調に計画を消化し、予備日を使うことなく下山できたとのこと。
6月のウィークディの涸沢には人影はほとんどなかったらしい。
広大な涸沢に息子たちの山岳部のテントと早大山岳部のテントだけ。
息子はいつになくたくさんの写真を撮ってきてくれた。
上高地はズミの花が満開で、明神のベンチは花びらで真っ白になっていた。
雨に降られることもなく順調に計画を消化し、予備日を使うことなく下山できたとのこと。
6月のウィークディの涸沢には人影はほとんどなかったらしい。
広大な涸沢に息子たちの山岳部のテントと早大山岳部のテントだけ。
息子はいつになくたくさんの写真を撮ってきてくれた。
上高地はズミの花が満開で、明神のベンチは花びらで真っ白になっていた。
2012年6月10日日曜日
妻の手料理
写真は妻の手料理
昨夜、作ったものだという。朝食にこれをいただきカトリック西千葉教会へ行く。
息子は10時に家を出るというので、9時、山行の無事を祈って別れる。
山岳部員は学生なので上高地まで「さわやか信州号」という夜行バスで行くらしい。
昭和40年代の私たちの頃は新宿発23時55分の夜行列車や急行アルプスだった。何時間も前に新宿駅のアルプス広場へ行って並んだ記憶がある。
40kgのICIガッシャーを背負って登る涸沢への登高は、ハラワタがちぎれるほどに辛いものになろうが、無事に合宿を終え帰宅した時には、たくましく日焼けした男になっていることだろう。
こうしてキーボードを打っている窓の外は本格的な降雨。
2012年6月9日土曜日
2012年5月6日日曜日
2012年3月21日水曜日
「都一の中華そば」に相性抜群のスープ
千葉市内で製造されている「都一」の中華そば。以前にも紹介したことがありますが、この麺のうまさは絶品であります。
ところが、この麺にはスープが同梱されていません。
前回はヒガシマルのラーメンスープの素を使いましたが、ふつうの醤油ラーメンの仕上がりとなってしまいました。もちろんこれでも麺のうまさを堪能するには充分なものがありましたが、スープが貧弱すぎました。
ここのところ山に行けない日々が続いていますが、暇つぶしに山に使えそうな食材をネットで検索していると「インスタントラーメンを美味しくする方法」をみつけ、更に手繰っていくと「タモリ流レシピ」というものに行き着きました。
簡単に紹介すると通常のインスタントラーメンを付属のスープは使わずに調理するといったものです。麺の秀逸さでは他に類をみないほどの逸品である「都一」と組み合わせたらどうなるのだろう?と思いました。
それでさっそく試してみました。ヤオコーで都一を買い求め、タモリ流レシピにある調味料を補充し作りました。
妻や子供たちにも食べてもらいましたが好評。いわゆる魚介系ですね。
山では麺の湯切りは燃料と水の浪費となるので、あえて湯切りはしないで、麺を茹でた湯でスープを作りましたが、若干ですがにおいが気になりました。
水と燃料が豊富なベースキャンプでは湯切りしたほうがベターです。
2012年3月7日水曜日
大阪出張
2月13日は昼食の時間も充分に取れないので事務所近くの牛丼や「すき家」で3分間昼食。その時のサラダのドレッシングに腐臭を感じた。そして夕方になってから気分が悪くなった。
帰宅して就寝してから嘔吐が始まった。
結局、すべてを吐き出してしまい胃の中は空っぽになった。水を飲むとすべては水のような下痢となって排泄された。
とてつもない寒気に襲われ体中が冷え切った感触で眠れない。
普段の私は新陳代謝が活発なせいか布団の中に入っても足先が熱を持ったようにぽかぽかとしている。これが湯たんぽ代わりになるということで、妻が足先を私の足先へ押し付けてくる程だ。ところがこのときは氷のように冷たく眠れない。背中がバリバリと音を立てるように痛くて背を丸める。
翌日は最悪だった。私が主催する打ち合わせが横浜であって早朝から新横浜へ行った。横浜の事務所では椅子に座っていること自体がつらいがファシリテーターを何とかこなした。
熱はなかったからノロウィルスだったのかもしれない。症状は5日ほど続き徐々に緩和したが風邪のような症状はかえってひどくなった。咳と鼻水が続きつらい。それでもファシリテーターとしての出張は続く。
14日は夜に岡山、15日は岡山から広島。20日仙台日帰り。21日早朝から大宮。22日は夜遅くまで東京湯島で会議となって帰宅は23時。28日29日は鹿児島。3月1日は京都神戸3月2日は大阪。
たまりかねて3月3日土曜日に医者へ行った。当初肺結核を疑われたが気管支炎とのことで抗生物質をもらって帰宅。ドクターが言うには「数日間ゆっくりと休んだ方が良い」とのこと。
すでに四旬節だが教会にも行かずひたすら布団の中で体を休めたが、治らない。
それで今週3月5日月曜日からすでに絶不調でスタート。3月6日7日と大阪で重要な会議。宿泊したホテルが偶然「カトリック玉造教会」の近くだったので早朝ミサにようやく行けた。
カトリック玉造教会は大阪大司教区のカテドラル聖堂を有し、聖堂は「大阪カテドラル聖マリア大聖堂」と称する。私たち夫婦が結婚式を行ったのは「東京カテドラル聖マリア大聖堂」で司祭は西千葉教会の吉川神父さまだった。
「大阪カテドラル聖マリア大聖堂」の玄関の左右にそれぞれ高山右近、細川ガラシャの像があり、大聖堂の祭壇正面には日本画とおぼしき大きなマリアが描かれている。
早朝7時からのミサは主日ではないためか小聖堂で行われた。信者は12名。祈りの内に幸せなひとときを過ごすことができた。
明日は早朝から新横浜、その後仙台。肺炎にならぬよう祈るばかりだ。
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