2012年6月27日水曜日

航空機からの山岳展望

昨日大阪で一泊し、早朝の便で仙台へ入った。

甲府盆地の上空くらいまでは雲が広がっていたが関東平野へ入ると雲は切れ山々の展望が広がった。
羽田基点で発着する飛行機では航路の関係から上越の谷川岳などを間近に見ることはできません。大阪-仙台便ならではの、とても珍しい景観ではないかと思います。


まずは谷川岳、このアングルから見る谷川岳は私にとって初。
左端に天神平が見えている。一ノ倉の衝立岩正面壁や烏帽子沢奥壁、テールリッジなど手に取るようにわかる。1970年代の思い出の場所だ。

2012年6月25日月曜日

札幌

朝3時半に起床して、四街道駅北口発4時15分羽田行きのバスに乗車
月曜日から、このようなきつい出張を行うと、その週はずーっと調子が悪い


札幌出張の昼食は最近うどん。近くにおいしいうどん屋があるからです。
札幌西区八軒にある「うどん家こむぎ」
うどん屋なのにBGMにジャズが流れているけれどまったく違和感のないおしゃれな作り。写真のかき揚げうどん。これで650円だったかな?

2012年6月24日日曜日

日曜日の印旛沼

午前中はカトリック西千葉教会へ母と妻の三人で行く
今日は洗礼者聖ヨハネの誕生


午後から妻と二人で北印旛沼一周へ
印旛沼では淡水魚の漁が行われており漁協もある

2012年6月23日土曜日

西丹沢


職場の二人を連れて沢歩きを計画した

玄倉川の本流のつもりで行ったが、梅雨の影響で降雨がここのところ続いたためにダムの放流が行われていた。三保ダムしかり、玄倉ダムしかり

降雨の影響が少ないマスキ嵐沢へ転進。
峰山橋への林道は途中で土砂崩れと崩壊で通行不能。出合までの丸木橋も流出。
沢の中も三箇所で倒木がバリケードを作っていた

一方で増水によって岩の表面の藻が洗い流されて、ヌルミが消え、フリクションが良く効いて快適だった。

2012年6月21日木曜日

金沢出張

蒸し暑い東京を離れ今日は金沢・福井だった

羽田空港へむかう東京モノレールではシスターがいらっしゃって第一ターミナルで降車された
私は特別なことがなければANAなので第二ターミナル

勤務先の北川さんと小松空港に降り立った

涼しい!

北陸と言うと福井、金沢、富山とそれぞれとても個性的な県が揃っていると思う
山以外には万事興味の薄い私でも
福井には永平寺、一乗谷
金沢は言わすとしれた北陸の京都
富山は何と言っても立山黒部

北陸を創業の地とする企業・産業も多い。ざっと思いつくグローバル企業だけでもナナオ、小松製作所、YKKなど

かように重要な地域にもかかわらず東京からの交通の便は悪い。
小松空港から福井にしろ金沢にしろ一時間近くかかる。

2012年6月20日水曜日

真夏日

品川勤務のころは、オフィスから山が見えた
4月に異動した勤務先のビルからは山も海も見えない
でもスカイツリーが見える

2012年6月19日火曜日

台風4号

高松の得意先へのアポイントメントは13時だったので7時40分発のぞみ101号に乗車すればよい。あいにく台風4号が接近しているが新幹線なら大丈夫だろう。

いつもの通り6時47分に出社して、出張のための文書を印刷し、勤務先を7時10分に出発。昨夜の内に指定席を予約してあったのでコンセントのある窓際の席を確保できた。

で、名古屋を過ぎたあたりで携帯が鳴った。

2012年6月18日月曜日

神戸と名古屋

月曜日の朝9時から神戸で会議ということになった。通常なら前泊というところだろうが日帰り出張も可能。
四街道から羽田空港行きのバスが運行されており、その始発バスにのると日本全国どこでも日帰りができるのである。
ただし4時15分発なので3時半には起床しなければならない。

神戸の会議が終わってから名古屋へ移動。午後から名古屋で会議。会議が終わって新幹線で東京駅にたどり着いたときにはぐったりだった。

明日は高松出張だ

2012年6月17日日曜日

2012年6月16日土曜日

穂高からの息子の帰宅と「あめのきさき」

穂高涸沢で行われていた大学山岳部の初夏合宿から息子が帰宅した。
雨に降られることもなく順調に計画を消化し、予備日を使うことなく下山できたとのこと。
6月のウィークディの涸沢には人影はほとんどなかったらしい。
広大な涸沢に息子たちの山岳部のテントと早大山岳部のテントだけ。
息子はいつになくたくさんの写真を撮ってきてくれた。
上高地はズミの花が満開で、明神のベンチは花びらで真っ白になっていた。

2012年6月10日日曜日

妻の手料理


写真は妻の手料理
昨夜、作ったものだという。朝食にこれをいただきカトリック西千葉教会へ行く。
息子は10時に家を出るというので、9時、山行の無事を祈って別れる。

山岳部員は学生なので上高地まで「さわやか信州号」という夜行バスで行くらしい。
昭和40年代の私たちの頃は新宿発23時55分の夜行列車や急行アルプスだった。何時間も前に新宿駅のアルプス広場へ行って並んだ記憶がある。

40kgのICIガッシャーを背負って登る涸沢への登高は、ハラワタがちぎれるほどに辛いものになろうが、無事に合宿を終え帰宅した時には、たくましく日焼けした男になっていることだろう。

こうしてキーボードを打っている窓の外は本格的な降雨。

2012年6月9日土曜日

ATCガイド


雨の土曜日はどこへも行かず。

息子が明日から大学山岳部の初夏合宿で涸沢へ入る。
6月、各大学山岳部はこの時期共通して涸沢へ入り雪訓(雪上訓練)を実施する。そして夏は剣岳に集結し各方面へ散っていく。
それにしてもうらやましい限り。一週間ほど穂高涸沢へ入って雪上訓練などをするのだという。私も仕事を放り出してついていきたいくらいだ。

2012年5月23日水曜日

出張の日々

ここのところ出張続きで、少し疲れた
先週も札幌、名古屋、大阪などを往復したが、今週も月曜日新潟、火曜日広島・岡山、そして今日は仙台、明日木曜日は福岡

2012年5月6日日曜日

ゴールデンウィークの穂高

久しぶりに長男の参加を得て、ゴールデンウィークの穂高へ出かけた。
今年のGWの前半は母と妻の三人で那須へ出かけ、後半の5月3日から6日までを穂高に充当した。

2012年4月10日火曜日

2012年3月21日水曜日

「都一の中華そば」に相性抜群のスープ


千葉市内で製造されている「都一」の中華そば。以前にも紹介したことがありますが、この麺のうまさは絶品であります。
ところが、この麺にはスープが同梱されていません。
前回はヒガシマルのラーメンスープの素を使いましたが、ふつうの醤油ラーメンの仕上がりとなってしまいました。もちろんこれでも麺のうまさを堪能するには充分なものがありましたが、スープが貧弱すぎました。

ここのところ山に行けない日々が続いていますが、暇つぶしに山に使えそうな食材をネットで検索していると「インスタントラーメンを美味しくする方法」をみつけ、更に手繰っていくと「タモリ流レシピ」というものに行き着きました。
簡単に紹介すると通常のインスタントラーメンを付属のスープは使わずに調理するといったものです。麺の秀逸さでは他に類をみないほどの逸品である「都一」と組み合わせたらどうなるのだろう?と思いました。
それでさっそく試してみました。ヤオコーで都一を買い求め、タモリ流レシピにある調味料を補充し作りました。

妻や子供たちにも食べてもらいましたが好評。いわゆる魚介系ですね。
山では麺の湯切りは燃料と水の浪費となるので、あえて湯切りはしないで、麺を茹でた湯でスープを作りましたが、若干ですがにおいが気になりました。

水と燃料が豊富なベースキャンプでは湯切りしたほうがベターです。

2012年3月7日水曜日

大阪出張



2月13日は昼食の時間も充分に取れないので事務所近くの牛丼や「すき家」で3分間昼食。その時のサラダのドレッシングに腐臭を感じた。そして夕方になってから気分が悪くなった。
帰宅して就寝してから嘔吐が始まった。
結局、すべてを吐き出してしまい胃の中は空っぽになった。水を飲むとすべては水のような下痢となって排泄された。
とてつもない寒気に襲われ体中が冷え切った感触で眠れない。

普段の私は新陳代謝が活発なせいか布団の中に入っても足先が熱を持ったようにぽかぽかとしている。これが湯たんぽ代わりになるということで、妻が足先を私の足先へ押し付けてくる程だ。ところがこのときは氷のように冷たく眠れない。背中がバリバリと音を立てるように痛くて背を丸める。

翌日は最悪だった。私が主催する打ち合わせが横浜であって早朝から新横浜へ行った。横浜の事務所では椅子に座っていること自体がつらいがファシリテーターを何とかこなした。
熱はなかったからノロウィルスだったのかもしれない。症状は5日ほど続き徐々に緩和したが風邪のような症状はかえってひどくなった。咳と鼻水が続きつらい。それでもファシリテーターとしての出張は続く。
14日は夜に岡山、15日は岡山から広島。20日仙台日帰り。21日早朝から大宮。22日は夜遅くまで東京湯島で会議となって帰宅は23時。28日29日は鹿児島。3月1日は京都神戸3月2日は大阪。

たまりかねて3月3日土曜日に医者へ行った。当初肺結核を疑われたが気管支炎とのことで抗生物質をもらって帰宅。ドクターが言うには「数日間ゆっくりと休んだ方が良い」とのこと。

すでに四旬節だが教会にも行かずひたすら布団の中で体を休めたが、治らない。

それで今週3月5日月曜日からすでに絶不調でスタート。3月6日7日と大阪で重要な会議。宿泊したホテルが偶然「カトリック玉造教会」の近くだったので早朝ミサにようやく行けた。
カトリック玉造教会は大阪大司教区のカテドラル聖堂を有し、聖堂は「大阪カテドラル聖マリア大聖堂」と称する。私たち夫婦が結婚式を行ったのは「東京カテドラル聖マリア大聖堂」で司祭は西千葉教会の吉川神父さまだった。
「大阪カテドラル聖マリア大聖堂」の玄関の左右にそれぞれ高山右近、細川ガラシャの像があり、大聖堂の祭壇正面には日本画とおぼしき大きなマリアが描かれている。

早朝7時からのミサは主日ではないためか小聖堂で行われた。信者は12名。祈りの内に幸せなひとときを過ごすことができた。

明日は早朝から新横浜、その後仙台。肺炎にならぬよう祈るばかりだ。

2012年2月13日月曜日

よく聴く曲

通勤途上をどのように過ごすかというのは、遠距離通勤者の私にとっては重要なテーマのひとつでもある。山の本を読むこともあるが、音楽を聴いていることが一番多い。
イヤホーンを耳にして出社した私に「どんな曲をきいているんですか?」と女子社員が訊く。私はにっこり微笑んでこたえなかった。

さまざまな曲を聴くが最も頻度の高いのが教会に関連する音楽だ。その中でもテゼはよく聴く。そして典礼聖歌。
それからクラシックに分類されるパレストリーナの教皇マルチェルスのミサ曲。それからグレゴリオ聖歌。

最近知った。教皇ヨハネパウロ二世のミサがCDになってることを。
1987年にバチカンの聖ペトロ大聖堂で行われたもので、ミサ曲の旋律はモーツアルトの「戴冠式ミサ曲」を使用。バチカンの聖歌隊が歌い、演奏はウィーンフィル。指揮はカラヤン。

日曜日にカトリック西千葉教会で接する、栄光の賛歌や感謝の賛歌がラテン語やギリシャ語で歌われていく。これを聴きながらパウロの書簡を読んだりする。

すると日々日常で起こるさまざまな事柄がきれいに整理され、私は穏やかな心持になっていくのである。

2012年1月28日土曜日

長崎巡礼

今週は1月24日火曜日から出張
24日大阪、25日名古屋、26日金沢、27日福岡

そしてプライベートで27日の夜に長崎で妻と長女と合流
目的は私にとって4回目となる長崎巡礼。

本日28日土曜日は浦上教会の早朝ミサ後、下五島へ渡って聖堂を訪ね歩いた。
幸せな一日だった。

2011年11月15日火曜日

市内散歩

ここのところ些事ながら多忙のうちに日々を過ごしているが、体力の衰えを防止するための最小限の対策は欠かせない。
対策としては二点。
第一は、通勤時の四街道駅までの車による送り迎えを中止し、徒歩に切り替えること。急ぎ足でおおよそ20分。品川駅からオフィスまで同じく10分だから、片道30分、往復で1時間の歩行となる。
第二は、土日のウォーキング。通いなれた印旛沼一周を歩く。

2011年11月11日金曜日

聖滝のこと

一昨日から昨日にかけて、奥多摩の聖滝の地底湖でダイバーの白骨遺体が発見されたと報じられた。
今はただ天使祝詞で祈るのみ

2011年10月1日土曜日

出張:静岡でジョアン原主水に祈り、宮崎へ

9月29日木曜日は夕刻浜松から90kmを走って静岡へ入った。
翌30日は午前中の早い時間に静岡市内で仕事を終えた。

それでかねてから願っていた場所へ行った。

それは原主水のブロンズ像
小坂圭二によるもので、カトリック静岡教会の敷地内にある。

2011年8月1日月曜日

いよいよ準備もまじめに・・・

14日の夜にジュネーブへ到着し、予約済みのハーツレンタカーでシャモニへ入ると、到着は21時ころになる。
時差でくたくたの状態だから、シャワーを浴びてやわらかいベッドでぐっすり眠りたい。

そこで最初の夜は事前にホテルの予約をしておいた方が良いということになり、今夜ホテルを予約した。
予約したのはホテルアルピナ
妻と二人で119ユーロ

ホテルアルピナはシャモニでも大規模な大衆ホテルで、日本ではプリンスホテルといったところか。

アルピナ ホテル シャモニーの写真
このアルピナ ホテル シャモニーの写真はトリップアドバイザーから無料提供されています

今週は筑波山

前線が停滞し、天気が悪い。

富士山は断念し、いつもの通り筑波山の椎尾道を妻と歩いた。

火山ラーメン

7月28日木曜日に鈴木さんと林さんの三人で宇都宮に行った。
午前中に一仕事終えて、さて昼食ということになった。

それで、一度だけ行ったことのある火山ラーメンを食べに行った。

富士吉田口の一合目から登る

職場の仲間たちと計画していた富士登山

7月24日 無事、終えることが出来た。