2025年1月9日木曜日

蝋梅の花、二日遅れの七草粥、印西大前傾壁、オンライン会議など


強い寒波が入って日本海側では記録的な豪雪とのことです
NHKのニュースでは青森県弘前市内の積雪状況が映像として流されています
ずいぶん昔に訪れたことのある岩木山の山懐にいだかれている湯段温泉に思いをはせたりしています

強い冬型の気圧配置になっていますから千葉は快晴で、庭の蝋梅も七部咲きになりました
今日は19時からオンラインで都岳連プロガイド養成委員会の1月委員会を実施予定なので、その準備をしたり、廣川さんと電話で意見交換などしていると仕事を終えた幸子さんが帰宅しました

2日前に七草粥の材料を冷蔵庫に保存していたので、幸子さんがそれを七草粥にしてくれました 幸子さんは七草粥を食べた後、クライミングの支度をして印西市立体育館大前傾壁へと出発して行きました

2025年1月7日火曜日

房総の伝説 百名山ハンターへのアドバイス


一週間前の正月元旦に初登山として房総の高宕山へ登りました
高宕山の山頂には鉄釜がありますがそのことをフェイスブックで紹介したところ廣川さんから「何のための釜ですか?」というような質問がありました

ネット上の情報では源頼朝の釜で雨乞いに使われているということでしたが、出典は不明です
房総の伝説の研究者による出典が望まれるので、「房総の伝説(1976年刊)」という本を注文していましたが、本日到着しました

2025年1月5日日曜日

今日の筑波山はつつじヶ丘から

幸子さん 女体山にて

幸子さんの冬休みは1月6日までなのであと二日あります
最終日の1月6日は残念ながら本格的な雨模様との予報になっています
つまりアウトドアで遊ぶとしたら1月5日・・・すなわち今日しかないようです
それで2日連続になりますが筑波山方面へ行くことにして6時42分に出発しました

今日のコースは「つつじヶ丘」から女体山を往復するというもの
2日前の1月3日は関東地方は冷たい雨でしたが、これが筑波山では雪になっていることだろうと想像していました

2025年1月4日土曜日

九ヶ月ぶりの宝篋山は無風、冬晴れ

鍋焼きうどんで楽しんだ宝篋山の山頂

房総の山が続いたので筑波山に隣接する宝篋山へ向かいました 前回、宝篋山を訪れたのは2024年3月27日ですからほぼ九ヶ月ぶりになります
Googleのタイムラインを見ると自宅を出発したのは7時43分

昨日は雨模様だったので国道408号線は路面が濡れており、それが早朝の冷え込みで凍結していました 牛久市内を通過した時に鈴木ジムニーが横転していました

途中で朝食の弁当を買って食べ、宝篋山の登山口となる小田休憩所到着は9時47分ですから2時間で到着しました

気温は低いのですが、快晴で風もほとんどないのでシャツ一枚で登っていると汗もかかず快適です 一方ですれ違うハイカーのほとんどが厚着しており汗びっしょりになっているのが笑えます

2025年1月1日水曜日

元旦の山歩きは高宕観音

石射太郎の肩から東京湾をはさんで望む富士山

房総の山奥、しかも車道も通じておらず徒歩でしかたどり着けない本当の山奥
そこに源頼朝ゆかりの観音堂があります
今年、最初の山歩きの場所としてこの高宕観音堂を選びました

8時に自宅を出発して長女の家に庭の柚子を届け、最寄りのインターチェンジから高速道路経由で高宕観音へのアプローチとなる「石射太郎」登山口に到着し、登り始めたのは10時でした
いったん石射太郎まで登るとそこから高宕観音までは気持ちの良い稜線を歩きます この稜線はほとんどアップダウンがありません しかも落葉樹が多いので日差しが射し込んで冬の低山としてはすこぶる都合の良い稜線歩きになっています

2024年12月30日月曜日

伊予ヶ岳の周回コース

伊予ヶ岳の南峰

昨日、水仙ピーク~嵯峨山を終えて、右足首関節の調子を注意深く観察したことは言うまでもありません
時間をかけて用心しながら登りましたから、この程度の負荷なら関節自体に大きな痛みは発生しません
ただし、一夜明けて翌朝になるといつもの通り血行が悪いことが原因で痛みが走りますが、それも30分ほどの間だけです
調子が良いからと言って負荷を高めるのではなく、この状態をしばらく継続して筋力の補強を定着させることを優先することにしましょう

さて今日は伊予ヶ岳を選びました
房総では珍しく岩場が露出した山で人気がありますので、大賑わいでした
たどったコースは主峰ともいえる南峰から北峰を経て北面から東面へ回り込んで周回するものでした

2024年12月29日日曜日

房総半島の山 水仙ピークと嵯峨山

鋸山の右側に107km先の富士山を望む

1981年一ノ倉沢烏帽子沢奥壁ダイレクト
2015年一ノ倉沢衝立岩雲稜第二ルート
そして昨年2023年のエルキャピタン
同じ右足首関節を骨折すること三度です
2015年の骨折は特にひどく、手術すること三回に及び、人工関節を薦められました
まったくどうしようもない大馬鹿者ですな
10月から再び痛み始めた右関節は12月になっても収まらず、年末になってようやく普通に歩けるようになりました
これに気を良くして無理をするとひどい目に合うことは学習していますので、今回は用心してリハビリを開始することにします

それで、まずは幸子さんと房総の山へ
選んだのは下貫沢~水仙ピーク~嵯峨山~釜の台~下貫沢
この季節は水仙が咲き乱れる楽園になるコースです

2024年12月25日水曜日

長女が用意してくれた最高のクリスマスパーティー


生後十ケ月の乳児を抱えて奮闘している長女がクリスマスパーティーをしたいから来てくれとお招きいただきました

長女の調理の腕前は高く、以前にも驚いたことがあります
幸子さんや私にとって最高にうれしいのは孫の相手をすることなので、これだけの料理を用意する苦労をおもんばかってしまいます

12時過ぎに素直ガイドと幸子さんと私の三人で長女の家まで行きました
我が家から信号が三つ 7分で到着します

2024年12月24日火曜日

クリスマス(キリストのミサ)


カトリック幼児洗礼の私はクリスマスの夜半のミサに与っていると幼い頃のことが思い出されます
それは生まれ故郷の大分県中津市のドンボスコや古城教会だったりします
幼い私は祖母や叔母、叔父、父、母に連れられてミサに与っていたのです

今年は幸子さんと16時のミサに与りました
クリスマスとはそもそもキリストのミサという意味で全世界のカトリック信者がミサに与ります フランスとは8時間の時差がありますがカトリック西千葉教会で洗礼を受けた南フランスの孫たちも同じように8時間後にはノエル(フランス語でクリスマスの意味)のミサに与ることでしょう

2024年12月22日日曜日

ほころび始めた蝋梅


強い冬型の気圧配置になって山は警報級の大荒れらしい
今年は大雪でサンタさんもやってこれないかもしれないと素直ガイドが言うほどだ
土日に川上村に行って男山ダイレクトを登ろうとしてしていた素直ガイドは激しい降雪に見舞われて雪景色に一変したという
夜の気温は-10℃で、最高気温も‐1.5℃だったようだ
ところが不思議なもので四街道は土曜の夜から日曜日の明け方までの最低気温が5.7℃と高かった 夜間は曇り空だったので放射冷却がなかったからだろう

2024年12月20日金曜日

恒例 甚兵衛蕎麦で忘年会


1年を迎えたことを実感する甚兵衛蕎麦での忘年会
今年も岩崎と大木さんに会いに行くために宗吾霊堂前の甚兵衛蕎麦へ行きました
アルコールが入るので幸子さんに休暇をとってもらい車で送迎してもらうのは毎年のことです
なぜ、大木さんに会いに行くのでしょうか?
***********
・・・・1975年6月
当時立教大学山岳部員だった大木友康さんが北穂沢で1年間の休学を必要とする大けがを負いました

2024年12月15日日曜日

ガイド養成実技2の二日目

懸垂下降の結び目の通過

今年の冬、最も冷え込んだ朝をむかえました
四街道の観測上の気温は-2℃ですが、市街地から少し離れた我が家ではもう少し低い気温だったのではないかと思います
昨年のヨセミテ・エルキャピタンでの右足首骨折の予後が悪く、ベッドから洗面所へ歩くのもつらい状態です
やりたい放題で皆さまへ御迷惑をかけてきた天罰ですな
パライソから土橋さんや木内さんが笑いながら見ていることでしょう

さて、ガイド養成実技2の二日目です
実施した主な項目は次の通りです

2024年12月14日土曜日

ガイド養成委員会実技2 レスキュー

最小限のギアで構築されたオートブロックシステムによる引き上げ

都岳連ガイド養成の実技2の初日が今日、印西クラックで実施されました
実技2はレスキューとショートロープが大きなテーマです
都岳連ガイド養成レスキューで講習する技術は通常の山岳クライミング、アルパインクライミング、ビッグウォールクライミングでも使用されることはほとんどないものばかりです
ですから市販の技術書やネットを検索しても該当は表示されませんので、ガイド養成参加者にとっては大きな喜びでもありますが、実技での説明は一回限りとなりますので反面真剣勝負の場となります

予習と復習が前提となっているガイド養成ですが事前準備をしている参加者とそうでない参加者がいるのも事実です
プロガイド養成委員はニコニコしながら穏やかな口調で説明していますが内容は極めて辛辣です

2024年12月10日火曜日

柚子も黄色くなった師走の火曜日


冬型の気圧配置になって朝の気温が0℃となる日が続いています
連日のように車のフロントガラスが凍りついています
私の風邪はほぼ全快し右足首の痛みも和らいで日常生活に戻りつつあります

ところが昨日、仕事を終えた幸子さんが帰宅するなり
「風邪ひいた~」と言ってソファーにどさっと倒れ込んでしまいました
16時半過ぎでした
それでいち早く夕食にしようと近くのスーパーマーケットに寿司を買いに行って素直ガイドを含めて3人で食べました
食べ終わったのは18時で幸子さんはそのまま就寝しました
それからは素直ガイドと明日の講習会のマニュアルを作成しプリントアウト 更に土日のガイド養成の相談をして私も就寝しました

そして今朝

2024年12月8日日曜日

クリスマス気分で盛り上がる世間ですが・・・


今日はカトリックの教会歴では待降節第二主日です

長引いている風邪はようやく収まりつつあるのですが、昨年のヨセミテエルキャピタンで負った右足のくるぶしの骨折の具合が良くありません
この右足のくるぶし骨折は同じ個所を3回に渡って骨折しているので、もうどうしようもありません

五日ほど前には痛みが激しくトイレまで歩いていくことができないような状態でした
ヨセミテメディカルクリニックで用意してもらった松葉杖
戒めとしてこの松葉杖はギアラックに飾っているのですが、これを引っ張り出してトイレに行くような状態でした
今日になってだいぶ痛みもやわらぎ松葉杖なしで歩けるようになったのでカトリック西千葉教会のミサに与りに行きました
カトリック西千葉教会から帰宅すると幸子さんが美味しい昼食を用意してくれていて、それを食べてからのんびりしました

2024年12月4日水曜日

木内さんの命日は体調不良

東壁ルンゼにて

今日は2007年に亡くなった木内さんの命日です

孫たちが去って、火の消えたような我が家
素直ガイドは一昨日から谷川岳に入っているし、幸子さんは仕事
私はだだっ広い家に一人で伏しています
というのも11月25日から風邪をひいて調子が悪かったところへ日テレ取材で筑波山へ行ったからでしょう
廣川さんから「とある報告書」のコメントを要請され、それをまとめるのが精一杯でした
かなり重症なのでもう数日かかりそうです
全快したら、また筑波山へ行きたいものです 許されるのであれば上田さんや宮崎さんたちと夜間に登って関東平野の夜景を見下ろすことのできる素敵なテラスでビバーク出来たら最高かも

2024年12月1日日曜日

日テレの取材と孫の離日


一時帰国していた孫が離日する日がとうとうやってきた
とてもしょんぼりすることには変わりはないのだけれど、2022年2月に渡仏した時とは状況は変わっていた
あの時は母親である次女にとっても未知の世界への旅立ちだったから、送り出す私たち家族も感傷的な気分を超えた不安というものがあった
あれから2年半が経過し、孫たちにも友達ができて、夫の仕事も順調でベンツがあり、次女もフランス語の国家資格の最上位を取得し現地の会社で最優秀社員表彰を受けるなど生活基盤が確立している
そして孫娘も待っている

日テレの取材があるので私は孫がまだぐっすりと眠っている6時10分に筑波山へ向かって出発した
紅葉の真っ盛りをむかえた筑波山での日テレ取材は順調に進んだが、少々誤算だったのが順番待ちのロスタイムだった 女体山を往復するだけで1時間以上、下山のケーブルカーが50分 合計2時間あまり行列に並ばなければならなかった
取材クルーとつくば駅で解散したのは18時半
放送は明朝だというから、これから新橋の日テレタワーに戻って徹夜で編集作業などをするのだろう 頭が下がる思いだ

私は素直ガイドに連絡を入れた
一旦、四街道に帰宅する余裕はないので直接羽田に向かうと
素直ガイドは羽田まで孫たちを乗せて出発しようとしている直前だったと思う

2024年11月30日土曜日

ディズニーランドへ向かった孫


孫の体験入園を受け入れてくれた「さくらがおか幼稚園」は我が家の三人の子供たちも通園させていただいた幼稚園です
その幼稚園時代から続いている幼馴染が我が家の子供たちにはたくさんいます
その幼馴染の家族と今日はディズニーランドへ行くと言います
ディズニーランドは京葉線舞浜駅で降車する為、四街道方面からですと接続が少々複雑なので私の車で海浜幕張駅まで送りました
9時前に孫を車に乗せようとすると玄関付近に立ち止まったままです
「早く車に乗ろう」と手を引くと小さな声で「ママと・・・」と言っています
やっぱり5歳児ですね
昼間に高速道路を走るのは初体験の孫はたった7分間の湾岸道の走行でしたが興奮していました

2024年11月29日金曜日

800km離れていても新幹線で来てくれるのだという



いよいよ孫の離日の日が近づいていますが、今日も次女と孫は東京へ行くと言うので10時20分発の電車に乗ることができるように四街道駅まで送った
話によると800kmも離れたところから日帰りで新幹線を利用して次女と孫に会いに来てくれるのだという
南フランスで知り合った方で、現在は日本へすでに帰国しているとのことでした
何という絆の深さだろうと思った次第
四谷の「東京おもちゃ美術館」へ行ったらしい
17時45分に四街道駅に帰着するとの連絡があって「離日する前にもう一度お寿司を食べたい」とのリクエスト

2024年11月28日木曜日

ゲゲゲの鬼太郎がヒット中

膝の上に乗せているのはゲゲゲの鬼太郎の本

次女の用事の為に素直ガイドと孫を連れて千葉県北西部の街を往復しました
その往復の車中で孫が退屈しないようにNetflixの動画を再生しています 私の車は超旧型なのでBluetoothは使えず、音は別途持ち込んだBluetoothスピーカーを持ち込んで再生しました
素直ガイドが選んだ動画は「ゲゲゲの鬼太郎」でした
私の知り合いに「ねずみ男」の人柄にそっくりな人がいて、それを思い出して笑ってしまいました
話をきいているとゲゲゲの鬼太郎も進化しているようで、”パソコン”とか”ネット”という言葉が物語の中で出てきます
その内”AI妖怪”が出てくるかもねと素直ガイドは笑っていました

我が家の子供たちはとても仲が良く、午後からも長女親子、次女親子、素直ガイドの5人で一緒に出掛けて、その時にも「ゲゲゲの鬼太郎」を流したようで、夕方帰ってきたときには
「ゲ、ゲ、ゲゲのゲ みんなで歌おうゲ、ゲ、ゲゲのゲ」
と孫は主題歌を歌うようになっていました

2024年11月27日水曜日

孫と”うなぎ又兵衛”へ


南フランスのプロバンスで暮らす次女の一時帰国中に食べさせたいものは沢山ありますが、その中でも「うなぎ」は外せません
私が日々活動する四街道、印西、佐倉、成田は印旛郡市と呼ばれており利根川水系に位置しています その地形上の中心は印旛沼で、昔から「うなぎ」の産地でした
実際に次女が佐倉高校時代に印旛沼へ自然観察へ行った折に「うなぎ」を捕獲したことがありました
さて、印旛沼の一端に位置する「甚平渡し」から「宗吾霊堂」に至るまでの宗吾街道はネット上では別名「うなぎ街道」とも呼ばれているようです
以前、成田山の参道にある「川豊」へ行っているので、今回はうなぎ街道の店に向かいました
訪れたのは「うなぎ又兵衛」
10時55分に到着して11時の開店を待って入店しました

2024年11月26日火曜日

ホグワーツ魔法学校

ホグワーツ魔法学校

今日は次女と孫は旧豊島園の跡地に開業した「ハリー・ポッタースタジオツアーTokyo」へと出かけて行きました

6時に抱っこされてリビングに入ってきた孫はまだ眠っています
ホットカーペットの上に寝かされました

私の体調はまだ悪く、具合も悪かったのですが、孫と次女と素直ガイドの朝食の支度をして食卓に並べました
四街道駅へは素直ガイドに送ってもらい、私は今日も倒れ込むようにしてソファーに横になりました

ハリー・ポッターの大ファンの長女と次女、高校生の頃にはイギリスで刊行された巻が日本語訳されるのが待ちきれず、英語版を取り寄せて読んでいたほどでした

2024年11月25日月曜日

Booba大好き!孫と二人っきり


次女が用事があって外出したのでリビングで孫と二人っきりでしばらく過ごしました
Boobaが大好きなので、これを見ていれば何もいらないという様子でした
15時に素直ガイドにバトンタッチ やがて幸子さんも帰宅しました

私は数日前の西丹沢での「加盟団体向け講習会」を終えてから喉が痛く体調不良です
起き上がっているのもつらいのですが、「加盟団体向け講習会」の事業報告書と会計報告書を何とか作成し、都岳連事務局長へ送信しました
そして夕食を作り終わって食卓に配膳した段階でOUT!
ソファーに倒れ込んでしまいました
喉の痛みで水を飲むこともできず、声も出せない状況です

2024年11月24日日曜日

今日は孫と印西クラック


今日は印西クラックへ行って観覧車に乗ってクライミングをしよう!
という予定で、ひとまず紅葉狩り目的にを佐倉城址公園へ向かって出発
千葉だと11月下旬でも紅葉には程遠いのですが銀杏だけは黄葉していました
旧制佐倉高等女学校(現佐倉東高校)から城址公園へつながる道が銀杏並木になっているのです 長女家族と合流して銀杏の紅葉を楽しんでからファミレスで少し遅い昼食を摂って、食後に長女家族と別れて印西クラックへと向かいました

ショッピングモール「ビッグホップ」の観覧車の真下にある印西クラックですが、孫と一緒に観覧車に乗ったことはありませんでした 渡仏前の2021年~2022年頃の観覧車は故障しても修理されることもなく休業が続いていたからです

2024年11月23日土曜日

世附川ロッジで加盟団体向け講習会 帰宅後孫とBBQ


今日は都岳連加盟団体向け講師派遣事業として西丹沢の世附川ロッジへ出かけました
依頼元は老舗山岳会として熱心で活発な活動を継続していると評判の高いM山岳会

始発の電車でJR松田駅へと赴き、ピックアップしていただきました
15時に終了してJR松田駅まで送って送っていただき、15時57分の国府津行きに間に合いました おかげで四街道到着は18時48分
昨日に引き続いて庭では素直ガイドがBBQの準備をしていました 長女家族もやって来て、花火をしたりマシュマロを焼いて食べたり、焼き芋などをして楽しみました

なお、講習案内は次のようなものでした

2024年11月22日金曜日

幼稚園最終日


今日は孫の体験入園の最終日でした
退園時のお迎えには素直ガイドや長女も孫娘を連れて来てくれました
いずれもこの幼稚園の卒園者です
仲良しになった園児たちが孫に手紙をくれました

次女が七五三の衣装を用意していたのですが着せることなく日にちが経ってしまい、これから衣装を着て写真撮影をすることになりました
さて、撮影場所はどこにしましょう?ということですが、とっておきの場所を思い出しました

2024年11月21日木曜日

都岳連オンライン会議中に孫が大はしゃぎ


朝、元横綱「北の富士」の訃報が流れた
「北の富士」の解説を聴くのが大相撲中継を視聴する大きな楽しみの一つだった
もう「北の富士」の解説を聴くことができないと思うと残念だ
82歳だったという

幼稚園は雨のお見送り
その後、次女は長女親子と酒々井の三井アウトレットパークへ
13時半には戻ってから幼稚園にお迎えに行って、その後孫は次女に連れられて東京へ遊びに行き、20時過ぎに帰って来ました
東京駅で本物の新幹線を見たと私に報告してくれました

2024年11月20日水曜日

今日は参観日、そしてフランスでお留守番をしている3歳の孫娘のこと


昨日の西高東低の冬型の気圧配置は気温は低いものの良い天気に恵まれました
それが今日は気温は低いままで小雨模様となり、各地の山々から初冠雪の便りが届きました

今日は幼稚園の参観日でした 孫は日本語を理解できますが話す時にはどうしてもフランス語まじりになってしまうことが少なくありません
ですから幼稚園で孤立しているのではないかとちょっぴり気がかりだったのです
10時半から給食の時間まで見守っていました

心配はまったくの杞憂でした
完全に他の園児たちに馴染んで楽しそうにしています
幼稚園の体験入園はあと二日で終わります
担当の先生にも「あと二日かと思うととても寂しいわ・・・」とおっしゃっていただきました

2024年11月19日火曜日

孫の印西クラックデビュー


今日はとても寒い一日でした
一昨日は半袖のTシャツでガイド養成をしていたというのに、その気温差に戸惑いました
孫が幼稚園から帰って、BigHopへ行きました
別に誘ったわけではないのですが印西クラックの鍵を開けて中に入ると、孫は登りたいと言います
2022年に渡仏する前も印西クラックには幾度も来ている孫ですがウォールを登るのは初めてです
しばらく一緒に登り続けました

帰りがけに、印旛沼の船戸大橋を渡るころ、西の空が夕焼けに染まり、富士山の山頂部が見えました
夕食後に風呂からあがってきた孫は今夜も大はしゃぎです

2024年11月18日月曜日

パソコンのキーボードをいじろうとする孫


渡仏前に勤めていた大手町の職場に次女が挨拶に行くというので今日は私一人で幼稚園へ孫の迎えに行きました
帰宅してからはリビングのホットカーペットの上で遊びました

私はこの土日に行われた都岳連ガイド養成の事業報告書と講師への支払依頼書の作成をしていました
2年半前もそうだったのですがパソコンのキーボードを孫が触ろうとするのです
関数とVBAが入ったExcelのファイルです
「ダメダメ、やめて~」と叫ぶ私