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2025年4月8日火曜日

満開のサクラ、義父の訃報、クライミング

上腕三頭筋が発達した幸子さん

今年は桜の開花直前に夏日を記録するような高温の日が続き、桜の開花宣言後は一気に低温が続きました
このため桜を長期間に渡って楽しむことができています

そんな低温も今日からは平年並みに戻るということですので、今日を満開のピークとして散り始めるのでしょう

16時半に幸子さんが帰宅して、メールなどをチェックしていると私にとって義父すなわち幸子さんの父の訃報が届いたとのことでした
101歳の高齢で数日前からこの日が近いことは知らされていました 教職にあって永く校長を務め、叙勲を受けた義父は幸せな一生だったと思います

2024年2月2日金曜日

孫娘モードに突入した我が家


2年ぶりに孫娘が一時帰国した
南フランスへと出発した時は孫娘は生後6か月で孫息子は2歳4か月だった

インターネット上にはフライトレーダーという飛行機の現在地を教えてくれるサイトがあり、それを確認してから羽田空港へと迎えに行った
我が家から羽田空港第3ターミナルまでは湾岸高速で45分とかなり近い

ほぼ定刻通り17時55分到着だったけれど手荷物の受け取りに手間取ったとかで到着ロビーに孫娘が姿を現したのは18時30分だった

2023年5月9日火曜日

それでもBBQは楽し

30%引のもやしと幸子さんの笑顔が生活感爆発

スーパーマーケットに行くと蚊取り線香や花火が売り場に並ぶ季節になりました

花火は子供たちがいればこそで、幸子さんと私の二人ではさっぱり意気があがりません
我が家の子供たちが小さかった頃はザックの背中に花火をしのばせ、表銀座から槍穂高を縦走して最終幕営地の北穂高岳で、花火を取り出したときの子供たちの歓声が思い出されます

もし孫たちがいれば、毎日でも花火をしたかもしれないし、シャボン玉で遊んだかもしれません
それどころか毎週小川山へ行ったでしょう

毎日毎日、来る日も来る日もパソコンにかじりつくようにして都岳連ガイド養成のデスクワークで過ごしています

気分転換をしないと・・・で今日は幸子さんとBBQをしました

2022年9月25日日曜日

長女の慰労で那須の山奥へ


私の家族の範囲内では今のところ新型コロナウィルス感染症に罹患した者はでていないが、いつ出てもおかしくない状態だ
そんな中で看護師として働く長女の職場ではコロナ感染者がでるなどして大変だったようだ
朝9時から勤務について23時までという日々が続いていた
数か月に及ぶ激務にヘトヘトになった彼女だったが、少しゆとりが出始めた9月下旬に一週間の休暇をとった そして私に「どこか山へ行きたい」と言ってきた 9月23日から25日までの三連休であれば幸子さんの仕事も休みなので、三人で山へ行くことにした
私も連日にわたって都岳連プロガイド養成6期の仕事でクタクタだったので、自身の骨休めにもなるだろう
当初は我が家の三人の子供達にとっての故郷的存在の小川山廻り目平でキャンプをしてクライミングでもしたいなと考えていた
ところが23日から24日にかけて台風15号が通過することが確実となってしまった
そこでクライミングはあきらめて、我が家の子供達にとってもう一つの故郷である那須の山奥へ行くことになった
一方で素直ガイドは20日夜から日大山岳部OBの仲間たちと錫杖岳へと出発しており不在 帰宅は29日だという

2022年8月5日金曜日

幸子さんは札幌に帰省中

真狩キャンプ場

恒例の幸子さんの札幌帰省は7月27日に始まって8月18日まで、延べ23日間
帰省中にレンタカーを借りて、どこかの山へ登りに行っていますが、今年は羊蹄山とのこと
数年前にも一度登っているから二回目になります
今年は比羅夫から登るコースを希望していたようですが登山口のキャンプ場が閉鎖中とのことで、二度目の真狩コースとなったようです
40年ほど前、私は札幌支店で転勤生活をしていたことがあって、その当時付き合っていた女性と比羅夫のフルノートというペンションに泊ってスキーに通ったものでした
再び冬のニセコ比羅夫に当時の彼女と行ってみたいものです

さて、その彼女から羊蹄山の登山の写真が送られてきました
なんだか楽しそうにやっているようです

2022年4月6日水曜日

青春18きっぷの旅 土合山の家へ幸子さんと

 


「青春18きっぷ」を使って幸子さんと旅行に行きました
「面白そうだから行こう!」と決めたのは出発の一週間ほど前
それからはJRの乗り継ぎや宿の手配、そして目的地に到着するまでの昼食をどうするのか、などなどを、幸子さんと相談しながら決めていきます 同じ目的に向かって幸子さんとの共同作業することの楽しさは格別なものがあります
つまるところ青春18きっぷによる旅の醍醐味は全ての計画を自分たち自身で立案するというプロセスにあるように思います
つまり山登りにとても似ています

決まった計画は・・・
土合まで行って土合山の家に宿泊して美味しい料理を楽しみ、二日目にロープウェイを使って天神尾根を行けるところまで行こうというものです
夏には一ノ倉沢や湯檜曽川本谷などへたびたび幸子さんを連れてきていますが、雪のある時期には幸子さんを11年前に一度連れてきたことがあるだけです

2022年3月29日火曜日

つくし摘み


長女が「つくしんぼ」があるよと昨日Lineで知らせてきたので久しぶりに「つくし」を摘みました
幼いころは春になるとボケの花が咲き、つくしの群落のある草地がたくさんありました

それは1965年で小学3年生から4年生になる春休みだったと思います
「春休みに子供たちをどこへも連れて行けなかったから」という理由で母が印旛沼まで連れて行ってくれたことがあります 1964年11月に四街道町に引っ越してきたばかりでしたから、まだ藤森や俵や須藤と知り合う前で金親君以外には親しい友達もなく、小学一年生の妹がいじめにあわないようにいつも目をひからせながら学校に通っていました 廊下で泣いている妹を見たときには妹の教室まで走って行くなどしていました
当時は自家用車もありませんでしたからバスで行きました
駅前の数百メートル以外には舗装されている道はなく砂利道を走るバスに揺られて京成臼井駅にたどり着き、印旛沼の湖畔まで歩いていきました そしてつくし摘みなどをして遊んだのです
子供だった私にとっては家族で仲良く楽しくしていることだけで幸せいっぱいでしたから、印旛沼まで行かなくても良かったのですが親としてはそのような気持ちになるのでしょう

2021年12月11日土曜日

日々の生活へ

舟戸大橋からの印旛沼

高い山からは冬の便りが本格的に届き始めました
今日夕方にはガイド仲間の道家さんから八ヶ岳南沢大滝の結氷状態が良好だとの知らせがありました
私も元々は小同心クラックを今日予定していましたが先週の早い段階で中止にしていました

母が骨になって我が家に帰宅し、リビングに作り付けの十字架用の祭壇に父の遺影と並ぶことができたのは五日前のこと

12月21日まで高い山のガイド山行は控えようと思っています

今日は印西クラックの店番に行きました

2021年12月6日月曜日

母のお別れ会



11月28日に亡くなって、火葬場の空きは最短で12月4日だという
スケジュールの都合で6日に親戚だけでお別れ会を行い、佐倉斎場で火葬することになった
親戚だけとはいっても、岩崎と砂田だけは特別なので案内させてもらった
十代の頃からたびたび我が家で山の相談やトレーニングをするなど母とはとても親しかったからだ
湯屋家や重光家からも従兄弟が来てくれた
私の妹たちの家族を含めて賀来慶二、妙子の子供、孫、ひ孫を含めて全員が揃うのは、このような機会しかないのは致し方のないことだ

2021年8月26日木曜日

二人目の孫が生まれた


忙しい日々が続く
昨夜も都岳連幹部とのZoom会議だった 松元さんから電話が来るし、廣川さんから電話が来るし、今週末のガイド山行の準備があるし、来週末のガイド山行の案内書もそろそろ送らなければいけないし、印西クラックの経営立て直しもあるし・・・・
あたふたしていると二人目の孫の誕生の知らせがあった 8時14分 3122g 48.7cm
母子ともに健やかとのこと
やれやれ 逢いに行けるのはガイド山行が終わった30日か・・・30日は午後3時から松元さんとJROへ挨拶に行く予定が入っているので31日になるかもしれない

ところで数日前にコロナワクチンの二回目接種を行ったが顕著な副反応もなく問題なし
コロナに関しては都岳連でも対策の参考になる資料を廣川さんたちがいくつか出してくれている
興味深い指摘がいくつかあった
明日は印西クラックの改修工事をしてからガイド山行に出発する

2021年6月13日日曜日

孫と花火を楽しんだ初夏の夜


2000年8月に表銀座から槍~穂高を縦走した時に北穂の幕営地で花火をしたことがある
長女が中学2年、次女が小学6年、素直さんが小学3年だった
子供たちは大喜びで、これ以降「我が家の夏山合宿」では私のザックの背中には花火を入れておくことが恒例となった

子供たちがもっと幼いころにも家の庭で時々花火をしていた
それを縁側から目を細めながら見守っていた父の姿も浮かぶ

今日は娘たち家族がやってきて庭でBBQをした
ぶ厚いラムステーキをたくさん焼いた
夕暮れになって花火をした

私は縁側から目を細めながらそれを見つめた

2021年3月8日月曜日

雨の月曜日は孫と遊ぶ

 

今日は朝から雨模様
昨日の鷹取山で降られなかったことに感謝した
素直さんと朝6時に自宅を出発して孫の元へ向かった
素直さんは孫の家の整理を手伝い、私は10時から孫を連れて一緒に遊んだ
最寄りのショッピングモールで数時間を過ごしたが、孫は泣いたりぐずったりしないし、わがままな性格ではないので、とても長時間一緒にいても手がかからない
14時近くになって孫の家まで戻って笑ってしまうことが二つあった
一昨日滞在した幸子さんいわく
「包丁の切れ味が悪いので研いでもらいたい」
ということで素直さんが砥石3個とタオルを用意して持ってきた
素直さんは忙しいので私が包丁を研いだ
さてシンクで包丁を研ごうとしたら、砥石の下に敷くタオルが見当たらない
探し回ったが見つからなかった
そうしたら母親が
「その辺に散らばっているものを引き出しにしまったりすることがある」
という
で引き出しの中にありました
それからもう一つ

2021年3月3日水曜日

今日は孫とお散歩


昨日、印西から帰宅すると次女からLineで「車のエンジンがかからなくなったので、明日でもいいから見に来てい欲しい」との連絡があった
それでブースターケーブルを持って今日お昼過ぎに行った
ブースターケーブルをつないでエンジンをかけると一発で始動した
ケーブルを外してみても始動する
あっけなく終わったので、それから孫とお散歩に行った

2020年12月1日火曜日

サポートの上に成り立っている私のクライミング


しばらく孫に会っていないなぁ~
あいたいなぁ~
「会いに行けばいいだけじゃないの~」
と幸子さんや子供たちは言うけれど、私もやらなければならないことがたくさんあるのです

「賀来さんはクライミングをしているだけですよね」
と思われるかもしれませんが、とんでもありません
個人で楽しみのためだけにプライベートでクライミングをしているわけではないので、準備と後始末などの「お膳立て」が膨大にあるのです

いずれもやりがいのある使命で、それぞれ充実していて楽しいけれど、期待されているからには期待以上のアウトプットを出したいと思うと時間が足りなくなってしまうのです

現在、私は都岳連のメンバーとして活動していますが、30年ほど前は千葉県山岳連盟に所属していました
当時、千葉岳連のみんなも一緒になって頑張ったんですが、何せ人材不足はなはだしいところがありました 当時千葉岳連内でクライミングを理解しているのは上田さんや島田さんが率いる「山岳同人一同心」と私が所属する「鹿山会登攀クラブ」しか存在していませんでしたから、仕方のないことでした

2020年10月2日金曜日

作業手順書の作成と孫の訪問


昨日は、代々木オリセンから帰宅して直近10月に予定されている研修会、講習会、ガイドの資料を作成し集合場所と集合時刻などのメール送信が終わったのが日付も変わった02:47でした

今日はいつもの時刻に起床してパソコンの前に座り、継続してドキュメント作成を始めました
明日から二日間研修があって、そのカリキュラムと具体的な作業手順書を作成しなければなりません
研修にはサポートしていただける方々がいるので具体的な作業手順書がないと、研修がスムーズに進行できないのです
長い会社勤めで作業手順書の作成には慣れていますが、それでも半日はかかるワークになります
その作成途中で孫がやってきました

2020年9月21日月曜日

敦ちゃんの誕生日と孫の手


明日から屏風岩東壁なので、準備に忙しい一日だった
フィフィが見つからないとか、右往左往していたら孫が遊びにやってきた
我が家はこの孫を中心にして動いているところがある 孫に吸い寄せられるようにして敦ちゃんもやってきて、みんなで庭でBBQをした
屏風岩の準備は19時頃に終わって、それからBBQに合流した

昨日は敦ちゃんの誕生日だったのでバースデーケーキが用意されていた
敦子が言うには「私たちが行動する理由はこの子に由来しているから、黒幕と呼びたい」
全くその通りだと思う

2020年9月7日月曜日

UIAAハンドブックを題材にして敦ちゃんに机上講習会


日山協(日本山岳・スポーツクライミング協会)創立60周年記念と銘打ってUIAA(国際山岳連盟)とペツル財団による「総合登山技術ハンドブック」が邦訳されて出版された 内容は広範囲に及んでいる
その中で私の専門分野であるクライミングの章を題材にして、数年ぶりにクライミングを再開した敦ちゃんに私と素直の二人で説明をしてみようということになった
本書のクライミングの章で書かれている内容は、すでに一般的に知られたもので、目新しいものがあるわけではないけれど、ペツルによるイラストが秀逸である
少し残念だったのは翻訳者と監修された方があまりクライミングに詳しくないようで、珍妙な記述があったりする

2020年9月6日日曜日

台風10号、店番、緑クロス、プレゼント、花火・・・


今日も、日記がわりのこのブログに書きとめておきたいことがたくさんあった

まずは台風10号 920hpという前代未聞の勢力を維持しながら九州に接近しつつある 昨年9月の台風15号では自宅のプレハブ小屋が全壊というひどい目にあった 後始末を岩崎に助けてもらったことを昨日の出来事のように思い出す

さて印西クラック、コロナ対応の特別限定料金1000円でクラック登り放題、しかもビレイ付き これは登りに来ない方がおかしいくらいの対応だと思うが、予約制なので予約がなければ休業することになる 今日も印西クラックの店番の予定だが、昨日の段階で予約がなかったので印西クラックは休業にするつもりだった
ところがギリギリの8時半過ぎになって予約が入ってしまった 昼頃来店とのことなので12時半にジムのカギを開けた

2020年8月7日金曜日

孫を乗せた飛行機をリアルタイムで位置確認できる時代


COVID-19の第二波にさらされつつあるが、熟慮の末、孫を札幌へ行かせることにした
その飛行機が今どこを飛んでいるかをリアルタイムで確認できるサービスがある
もちろん無料
便利な時代になったものだ

2020年7月18日土曜日

朝豪雨、昼は孫と、夕方は印西


朝起きたらすごい雨だった しかも寒い
本来ならガイドの企画が入っていたのだが、この悪天候が数日前から予想されていたので数日前に中止にしていた
ガイド企画は中止になったけれど、それなりに新しい予定をびっしりと入れているので今日も忙しい だから給油しておいた方が良いだろうと豪雨の中をガソリンスタンドへ行った
水しぶきで前方の車の赤いテールライトがにじむように霞んでいた しばらくして霧雨となった
昼は娘たちと孫を囲んで近くのファミレスで昼食をとった
14時になって私だけ席を立って、印西へ向かった

砂田がいう
「今日はホールドがぬめらない」
確かにそうだ 昨日、一昨日に比べるとだいぶ違う 気温が低いからだろうか・・・
ここのところ砂田が繰り返しトライしている左壁オレンジだが、核心部が最終ホールドでの終了点クリップだという 隣のイエローを登ってオレンジの最終ホールドを触ってみたが小さなスローパーだった
15mのオーバーハングを登って、最後に小スローパーで終了点クリップかぁ~ シビレルぜ