2015年7月31日金曜日

Aさんからのメール 露営生活手帳



今日も6時に起床した ぐっすり眠れるようになった
右足全体に続いていた鈍い痛みが解消したからだ

パソコンの電源を入れて、メールをチェック
昨夜消灯してからも仕事の依頼メールが数件入っていた

そして、日付が変わった深夜0時過ぎに目を引く一通のメールが着信していた
それはAさんからのメールだった
先週の土日にSさんと二人で「ある作業」をしたことがつづられ、私の快復を待っていると結ばれていた
入院する前、いや怪我をする前も含めてここ数年で最もうれしいメールの一つになった
そしてAさんのがっしりして幅の広い背中のぬくもりを思い出していた
よし、前向きな気持ちで入院生活を過ごそうと更に意を強くした
Aさん、Sさん本当にありがとう

10時の回診では、退院時期の説明が執刀医のドクターSRGさんからあった
それによるとPTB装具による歩行訓練は来週開始できない可能性が高い、したがって退院は最も早くて8月中旬、遅ければ8月下旬との御宣託だった
期待していた時期よりも一週間遅れることになるが、今更一週間ほど延期になったところで大きな違いはなかろうと自分に言い聞かせる

11時からリハビリ
松葉杖による歩行訓練を実施したが、足の骨折だけで4回目なので、松葉杖は手慣れたもの
7月9日の手術以降、禁止されていたメトリウスロックリングス3Dを使った自主トレーニングは明日から再開しても良いとの許しが出た

午後から再び仕事をしたが、残念ながらいくつかの依頼を積み残してしまった
明日から土日に入るが、この休日二日の間にたくさんの依頼が来ることは間違いないので、来週月曜日はいつも以上に忙しくなりそうだ

夕方妻が来てくれて、頼んであった「千葉県の山」を持ってきてくれた
そして二人で中西さんが持ってきてくれたフルーツをありがたく頂戴した
ほっぺたが落ちるほどおいしかった

さて、いつもの山の話題を今日も一つ

2015年7月30日木曜日

空想で楽しむ房総半島ロングトレイル

遠くの街並みをジオラマ機能で撮影してみた
まるでミニチュア


病室の前を通れば、どうしているのかなと気になり、談話室へ行けば会えるかなと思いながら日々過ごしていただけに、ユウタロウ君が退院してちょっぴり気が抜けたような心持ちだ

午前中は仕事をしていた
日々私宛に来るtoメールはおおよそ30通から50通 CCは含まない
それを朝、6時半頃から一つづつ処理していく
お昼の段階で積み残しがない状態になることはめったにないが、今日は順調にはかどった

途中で島田教授からのジムレポートを着信
僕の知らない新しい課題や、怪我をしていなければ一緒にトライを繰り返したであろうリード大前傾壁右ラインの諸ルートを楽しく登っている様子が簡潔な文章で表現されており目に浮かぶ
みんな楽しそうにやっているようだ

2015年7月29日水曜日

ユウタロウ君の退院 大雪山机上登山紀行


いよいよユウタロウ君の退院の日だ
なんだか朝からそわそわする
10時半頃、ユウタロウ君の病室の前を通ったらお父様とお母様が迎えに来ていた
お母様が言うには
「札幌の魚釣りのことを目を輝かせて話してくれたんですよ」という
ユウタロウ君が魚釣りが好きだということを知って札幌時代に早朝イワナ釣りへ行った時の話をしたことがあったが、その話がとても面白かったらしい
話の内容は次のようなものだ
1985年頃の札幌支店で仲の良い吉原さんと織田君の三人で毎週土日はイワナ釣りに行っていた
イワナ釣りは大体早朝薄暗いころから釣りはじめ、完全に明るくなる頃には竿をたたんで家路につき朝8時には札幌の自宅に帰着していた
それである時気が付いたのである 仮に平日に同じようにイワナ釣りをしたとしても出勤に間に合うのではないかと・・・

2015年7月28日火曜日

Mさんの来訪とリハビリの捉え方


今日、14時から超音波治療をしていたら、ひょっこり私の病室を覗き込む人がいる
勤務先の同期で名古屋赴任中のMさんではないですか
休暇を取って東京へ来る予定はかねてから知っていて、もし怪我をしていなければCさんと一緒に三人で同期会をする予定だった
それでわざわざ千葉まで面会に来てくれたわけだ
ランニングを趣味とするMさんが、走ることを始めたのは2002年のこと
それから海外を含めた各地のマラソン大会に出場していることは知っていた
それで、今日はそのランニングの話を2時間近くじっくりと聞くことができて、ずいぶんと参考になった
Mさんが言うには、ランニングを始めて3年ほど経過した頃、記録が伸びなやんだことがあったという。それまでのトレーニングは走るだけだったらしい。そこでジムのトレーナーに相談し腕の振りや姿勢などを有効に働かせるために太ももや肩・腹筋などを鍛えたという
トレーナーの指導のもとでウェイトトレーニングを半年続けたところ著しい効果があったという

2015年7月27日月曜日

中西さん来訪 イモトのマッキンリー


三回ほど外へ出てみたが、今日も関東地方は暑かったようだ
毎日書いているが病室は涼しい
軽く汗ばむのはリハビリの時だけだ

午前中に、極道仲間の中西さんが面会に来てくれた
山仲間、クライミング仲間との会話はいつだって尽きないものだが、今日もそうだった
土橋さんの捜索活動のベースキャンプで取り留めのないような話をし続けたことが思い出される
ひょんなことから雄山忠氏の話題になった
雄山氏の話になったら、これも話が止まらなくなってしまう
話は数時間は尽きなかっただろうが、残念ながら昼食時間となってしまった

そういえば、昨夜、面会終了時間直前に妻がやってきて、到着するなり
「今、イモトのマッキンリーを放送しているよ」という
ベッドサイドのTVをつけてみると確かに登っている
立場上というか職業柄というか
「イモトってすごいんですか?」
とよく訊かれる

そういうとき私は即座に答える
「大したものだと思いますよ」

2015年7月26日日曜日

信越トレイルのこと

今日も、外へ出たら暑かった
それでも空には巻雲が出ていた

午前中の回診が終わってから
ユウタロウ君と談話室で高校野球の東京地区予選を見ていた
早実VS東海大菅生
そうしたところ11時32分に突如、ニュースに切り替わった
調布飛行場でセスナが墜落して住宅に突っ込んでいる映像が流れた
これには驚かされた
後に三名の方が亡くなられたことが報じられた
高校野球の方は早実が逆転勝利で甲子園への切符を手に入れた
千葉予選は名門習志野を制して専大松戸が勝った
日曜日だというのに会社のネットワーク経由で多数のメールが着信しているが、オンラインシステムが停止している休日では手の施しようがない

午後から
超音波治療を行うために包帯を取り取り去った
午前中の回診でドクターは傷の治りが順調であると言っていたが、こうしてみるとまだ少々腫れも残っており、来週PTB装具の採寸が実施されるかどうか、ちょっぴり心配ではある
PTB装具さえ装着すれば退院は早いのではないかと思う

2015年7月25日土曜日

山の便り、Kさんの来訪、フラダンス、花火大会


今日も楽しくうれしいことがたくさんあった

まずは朝一番で都岳連の救助隊で活躍する建部さんからの山の便り
所属する山岳会の山行記録を配信いただいた。山岳会の雰囲気がとても伝わってくる記録で、東京を朝出発して阿弥陀岳南稜を経てキレット小屋に一泊し、翌日西岳経由で富士見へ下山するというもの
記録を見ながら、もし自分が同じコースをたどったら、どんな感じなんだろうかとJRの時刻表を調べ、登山地図をなぞっていく この机上登山をしているだけであたかも高山にいるかのような気持ちになる 山の便りは本当にうれしいものだ

次はジム関連の話題にして本日最大のトピックス
「賀来さん最近見ないね」
「実は入院しているんですよ」
恐らくKさんと島田教授とのこのような会話から始まったのだと想像する
そのKさんが午前中、面会に来てくれた
いつも錦糸町のジムでお世話になっている常連のお一人だ
見るとサイクリングの恰好をしていらっしゃる
船橋の自宅から自転車で来たという 所要時間は40分
談話室でしばらく話をした
Kさん自身も昨年1月に大きな骨折をして、ようやく今年になってからクライミングを本格的に再開できたという経験があるので、自宅から近いこともあるので励まそうと思ったという
なんといううれしい話だろう

2015年7月24日金曜日

入院一か月 ユウタロウ君による撮影



今日は7月24日
先月6月25日に入院したので、ちょうど一か月が経過したことになる
7月半ばまでは、痛みや発熱にもだえ苦しんだりしたが、7月16日に抗生剤の点滴が打ち切られた頃から、怪我は快方に向かって順調に推移し始めた
本当にありがたいことだ
私が入院している東館4階病棟は整形外科関連の患者向けフロアとなっているようだが、同じ整形外科とはいっても、病状は様々だ
私と同じ病室で隣のベッドで治療を続けている男性は脊柱狭窄症の手術後、傷跡が痒くてたまらず、傷口をかきむしったところ、そこから化膿してしまい2週間前に再手術 いまだに抗生剤の点滴が続けられている
また、認知症のお年寄りも何人か入院しており、痛ましい

そんな中で今朝もユウタロウ君が談話室でテレビを見ていた
来週月曜日に骨を固定しているピンを抜いてから退院だそうだ
ということは退院まで今日を含めて四日間ということになる
そうか、月曜日にはお別れか・・・
少しさみしくなるな

2015年7月23日木曜日

長野県川上村出身

今朝、ソユーズで国際宇宙ステーションへ向かった油井亀美也さんが長野県川上村出身だと夕方のNHKニュースで知った
日本のフリークライミング黎明期のメッカ小川山廻り目平は長野県南佐久郡川上村にある
日本中の多くのクライマーが身を乗り出したのではなかろうか
「えー、あの川上村ですか」と
私も思わずテレビ画面にカメラを向けてシャッターを切ってしまった
油井さんは1970年生まれだというから、私たちが小川山へ行き始めたころは、まだ小学生だったということになる
私の退院が仮に8月第一週だとすると、すぐに職場は夏季休業に入る
暑い千葉にいるよりも、いっそのこと廻り目平へ避暑にでも行った方がいいかな、いや混雑しているから那須のほうがいいかななどと思い始めていたところだったからなおのこと驚いた次第

朝、起床して談話室の窓は雨に打たれて濡れていた
昨日植え替えられた花壇の花にとってはちょうど良い雨になったことだろう
7時になると玄関のドアの錠が開くので、一階まで下りて外へ出てみた
雨に濡れた花壇の花が涼しげだった

2015年7月22日水曜日

富士と丹沢の山々 退院までの見通しが少し見えてきたような・・・

朝食前に談話室へ行ってみると、昨夕見えていた富士山が今朝も見えていた
給水塔と高層マンションの間に見えているのが大山
富士山の山頂直下に雲に覆われているあたりが塔ノ岳、その右側へ連なっているのは丹沢山、蛭ヶ岳だと思う
これだけ山が見えるのは夏だというのに空気が乾燥して、風が強いからだろう
外へ出てみても風に涼しさを感じるほどだった

昨夜、消灯時刻を過ぎてから島田教授からメールを頂戴した
島田さんは錦糸町へ通う電通大山岳部OB会のメーリングリストの中に私を加えてくれているので、日々の登れた、登れなかった、肩が痛いなどの短いメールを高い頻度で頂戴する
簡潔な短い文章だけれど、同じジムで同じような課題に取り組んでいる私には情景が凝縮されているように感じられて、とても楽しみにしている
OB会のフリークライミングにおけるホープ的存在の方が、海外勤務を終えて、いよいよ帰国するということで盛り上がっている
またお付き合いの輪が広がることになりそうで楽しみだ

起床してからの血圧測定の時に夜勤の看護師さんと話をした
「松葉杖の練習はもう始めたの?」
「まだですけど足の骨折だけで4回目ですから僕は松葉杖得意なんですよ」
「骨折が多い患者さんは骨が弱い場合と、乱暴なことをたくさんする場合があるけど、骨が弱いわけじゃないものね だけど手足の骨折なら治るからまだいいけど、脊椎なんかだったら大変よ」
その通りだと思う 今まで以上に神経をとがらせて登り続けなければいけない

血圧は114-77
昨夜パソコンのオンライン接続を切ってからもいくつかの依頼メールが入っていたので朝食前にすべて片付けた

2015年7月21日火曜日

夕焼けに富士


夏の夕方に富士山が見えるというのは珍しいと思う
私の病室がある4階の談話室の窓から撮影した 撮影時刻は18時43分

今日もいろいろなことがあった

朝食を終えてから談話室でテレビを観ながらハンドグリップでもやろうかなと車椅子で行ってみるとユウタロウ君が一人でコミックを読んでいた
「今週退院だよね」
「うーん、来週になるかもしれない」
「そうか・・・・、おじさんパソコンあるから一緒に見るかい?」
「うん」
ということで病室へ戻ってノートPCを談話室まで持ってきた
そうしたらユウタロウ君が釣りが好きだということが分かった
結構詳しい
それで、一緒に黒部のイワナの写真などを見ながらひと時を過ごした

2015年7月20日月曜日

N君の来訪 「お祭りの夜店のご馳走」と「山のご馳走」


午前中、病院の廊下でユウタロウ君とすれ違った
僕が話しかけたそうにしているのを彼も理解しているようで立ち止まってくれた

「昨日はお父さんが来てくれてよかったね お父さんと何を食べていたのかな」
「お祭りで買ってきてくれたポテトとアメリカンドッグと焼きそば」
父親の気持ちが伝わってくるようないい話だった

午後からは勤務先へのレポートなどをまとめ、15時からリハビリのために1階のリハビリルームへ向かった
今日もあまり過激なことはしないでマッサージと右足の屈伸、それから難しいタオル寄せを3回おこなった
タオル寄せというのは、床に敷いた濡れタオルの上に右足を乗せて、足の指だけでタオルを引き寄せるというもので、かなり難易度が高くて疲れた

2015年7月19日日曜日

K君夫妻来訪 関東甲信梅雨明け

明け方、重苦しい痛みが続いたので目が覚めた
傷が痛んでいるのではないので、最初は原因がわからなかった
しばらくして原因がわかった
昨夜私自身で包帯を巻き直したのだが、その時に少しばかりきつく巻きすぎたようだ
包帯をほどいて素足になったところ血行が回復したようで痛みも和らいだ
包帯の巻き方は案外難しいということがわかった

朝から夏の太陽が照りつけているようだが、北西向きの窓しかない私の病室では朝日も差し込まないし、私のベッドからは空も見えない
車椅子を転がして空の見える談話室まで行って、窓から外を見ると夏空が広がっていた

目を下へ転ずると病院の前庭のロータリーでは大型重機が入ってアスファルト舗装の改修が始まっていた

2015年7月18日土曜日

可愛らしい男の子とのふれあい


台風11号は熱帯低気圧になってまだ日本海にあり、千葉市内の天候はぐずついた一日となった

今日も様々なことがあった
私の病室があるフロアには小学生の入院患者がいる

毎週月曜日と木曜日がシャワーの日になっているが、今週の月曜日にシャワーに入ろうとして浴室へ入ったところ、小学生の男の子がいたのである
それもとてもかわいらしい子が・・・
私は思わず
「なんてかわいらしい男の子だろう!何年生?」とにこにこしながら話しかけた
男の子はちょっぴり恥ずかしそうにうつむきながら
「5年生」と答えてくれた

いずれの病院の整形外科病棟もそうだと思うが入院患者の多くはかなりの年配者だったり、交通事故や労災でひどい目にあったりした人々など、どちらかといえば気持ちが沈みがちになるのは否めない
そんなふさぎ込みがちな病棟の中で、この小学生の存在は天使のような存在にも思えてくる

2015年7月17日金曜日

縫合部がフィルムで覆われた

昨夜22時の抗生剤点滴終了後チューブが撤去された
そして今朝の回診で手術の傷口の縫合部のガーゼが取り払われ、かわりに透明フィルムが貼られた
ドクターが言うには、このままシャワーを浴びても良いという
あらウレシや!
このようにして体を動かすことを妨げていた制約から少しずつ解放されていく喜びを何と表現したらよいのだろう

本日の血圧は121-70

入院直後に、今年4月まで3年以上もの間、出向していた医療器機関連会社のメンバーに骨折を知らせるメールを送信したら、間もなく次のような返信をS嬢から頂戴していた
「超音波を用いて骨折治癒を促進させるLIPUS( リーパス)と言う方法があります。手術しているなら健康保険も使えます。使っていないなら主治医に相談してみてください」
S嬢のにこやかな笑顔が目に浮かぶと同時に、さすがに医療器機関連会社だなぁと感心した
その超音波治療も今日から開始された

2015年7月16日木曜日

札幌転勤前のHさんが来てくれた


台風11号の千葉市内への影響は朝方がピークだったようだ
昼前には雨はやみ、その後も時折パラパラと降ったが、夕方には青空ものぞいた

朝の回診で足を点検してもらった時に包帯をとって患部を見た
7月12日撮影の写真と比較すると大きく改善し腫れが見違えるほどに収まっていた 
血液検査の結果も良好で、今まで抗生剤は点滴による静脈内投与だったが、明日からは経口投与に切り替えるようだ
これでチューブから解放されると思うと少しうれしい
本日の血圧は108-70
三年ほど前までは健康診断のたびに高血圧、高脂血症と指摘され続け、勤務先の健康管理室の指導によって毎月東邦大学佐倉病院に通っていたとは思えぬような激変ぶりではなかろうか

リハビリを担当してくれている理学療法士の皆が口を揃えていう
「もうすぐ還暦とは思えないような身体と筋力ですね」
半分以上はお世辞だが、そういわれて悪い気はしないのが普通だろう
阿呆な私はそれでうれしくなって張り切りすぎて筋を痛めたりする
右の大腿部の筋肉が痛くなった

2015年7月15日水曜日

制限されて改めて教えてもらったクライミングの楽しさ



昨日の抜けるような夏空から、今日は少し様子が異なっていた
雲が低層、中層、高層と立体的な構成になっている
台風11号から噴き出す湿った南風が織りなす悪天接近の知らせだろう

天気予報の精度が現在よりもはるかに低かった昭和40年代に山登りを始めた私たちは気象の勉強も欠かせないものとして位置づけており天気図を描く練習を定期的に行っていたし、気象の基礎知識の一環として観天望気の仕組みも勉強していた
雲の種類を識別し、その動きから直近の天候を予測するという習慣を身に着けようとしていた
現在ではスマートフォンを利用して気象衛星の画像だけでなく、「高解像度降水ナウキャスト」さえも主要山域の稜線まで上がれば入手できる時代だから、観天望気の仕組みを勉強しようとする登山者はごく一部の人に限られているのかもしれない

2015年7月14日火曜日

手術後6日目


今日は朝から真夏の一日となった
風も強く昨日以上の熱風が吹いていた
群馬県の館林では39.8度を記録したと報じられている

お昼頃、私も病院の前庭へ出てみたが猛烈な熱気を感じた
とはいえ病院の中でエアコンにならされた体が、ほんの15分ほど熱気にさらされたとしても、汗が噴き出すまでには至らない

今日も朝からモバイル接続で会社の仕事をかたずけながら、点滴・リハビリ・患部の包帯交換・洗浄などを受けた
午後16時ころに妻が来てくれた
病院の中は26度に設定されているのでとても快適に感じたに違いない
さっそく冷蔵庫に保管しておいた石川さんからいただいたシュークリームを二人で食べた
妻も大喜びだった

2015年7月13日月曜日

夜、来客あり 「有朋自遠方来 不亦楽」


昨日からメールで知らされていたが、今夜、電通大山岳部OB会で千葉県在住のお三方が見舞いに来てくれた
島田教授、石川さん、安蒜さん
錦糸町で一緒に登っているメンバーである
千葉県在住とはいっても東京寄りの三人だから千葉市まで来るのは大変だったと思う

リード大前掲壁左ラインは当初7月13日、すなわち本日ホールド替えの予定であったが、9月まで延期になったと島田さんが説明してくれた
9月ではとても登ることはおぼつかない私だが、誰かにリードしてもらってTRでホールドを触ることぐらいはできないものだろうか・・・などと思ったりした
安蒜さんも過度なクライミングに起因する故障で右肩の手術をして私と同じくクライミング休止中

圧巻だったのは石川さんが持ってきてくれた洋菓子
体重を気にして普段は食べないシュークリーム!

2015年7月12日日曜日

・・・手術・・・


今回の治療では三回の手術が予定されている
一回目は創外固定
二回目はメインの手術でプレートによる骨の固定
三回目はプレートの抜去

メインとなる二回目の手術が7月9日木曜日に行われた
手術後、痛みと発熱による苦しさでベッドの上で悶えていたが、術後四日目にしてようやく夜明けが来た
熱も下がり、痛みも和らいで、ぐっすりと睡眠をとることができ3時半に目がさめた
夜が明けてから窓辺へ近寄り、四日ぶりに外を見た
長いトンネルだった

このブログは私の日記だから手術から今日までのことを振り返って書きとめておこう

2015年7月8日水曜日

今夜はグランド・イリュージョン

病院にある桜の木を見上げる


梅雨前線に湿った南風が吹き込んでいるようで曇り空で気温は26度ながら蒸し暑かった
湿度が高く空気がべっとりと皮膚にまとわりつくよう
昼過ぎからはしとしとと小雨が降り続きました

明日はいよいよ二回目の手術が午後から行われます
それに備えて呼吸力の検査が10時から行われました
高校生の頃の私の肺活量は6000ccを超えていたが、59歳となった現在、肺活量は4900ccにまで落ち込んでいました
11時からリハビリ、いつもの腹筋やスクワットなどを1時間みっちり行ってから、自主トレのロックリングスの引き付け
今日もホールドの持ち方を変えながら20回5セットを終えたときにはかなりの疲労感を覚えました

2015年7月7日火曜日

今夜はアクシオン・ディレクト



今日は曇り空の一日だったが夕方になって小雨が降り始めた

通常の病院生活だと退屈な日々に一日が長いと感じるのかもしれないが、単なる怪我で体の調子が悪いわけでもなく、しかも会社のノートPCを持ち込んでいることもあって、朝から18時頃まで結構忙しい
私の仕事は勤務先の基幹システムへオンライン接続が欠かせないが、持ち込んだノートPCはサクサク動いてくれる
職場で使っている24インチのモニタが病室にはないので、巨大なエクセルの処理は少しつらいが、一般社員並みには仕事をこなしていると思う

2015年7月6日月曜日

メトリウス ロックリングス3D

今日も一日雨だった
特に午後からは本格的な降雨となった
病院の玄関前のロータリーにある噴水は雨の日には止まっているけれど、その池の水面を雨が激しく叩いていた

日曜日に息子は沢へ行くのでヨシキスポーツへロックリングスを受け取りに行けるのは月曜日以降だといっていたが、昨日も雨だったので沢は中止となり、昨夜のうちにヨシキスポーツへ受け取ってくれた

それを午後になって妻が病室まで持ってきてくれた

2015年7月5日日曜日

愉快な町谷君からのメール


かなり強い雨で日曜日の夜が明けた

右足を下げると紫色にうっ血して痛みが強くなるので、いつも足を上げている
右足をリフトアップできる装置が車椅子にもついている

日中はなるべく体を動かしていないと眠くなる
当然のことながら昼間に寝てしまうと夜眠れなくなる
やがて昼夜が逆転して生活リズムが狂い、月曜日から苦労することになる

昨夜で抗生物質の投与も終了し、足の痛みを除けば体調は良い

2015年7月4日土曜日

イリュージョンマジックショー


先月25日から入院している病院の外来受付ロビーでイリュージョンマジックショーなるものが開催された
楽しみの少ない入院生活でみんなが待っていた催物かと思う
私も車椅子で15分前から会場へおもむき楽しんだ
7月19日には四街道市民文化センターで公演されるという

さて、私の怪我だが手術説明書には右足のPilon骨折(脛骨天蓋骨折)と記されている
簡単に言うと、右足のかかとに大きな衝撃を受け、脛骨がくるぶしの関節を砕いてめり込んでいるという状態だ
実際のところ主治医からは「治療がとても難しい骨折です」と数度にわたって告げられており、25日に入院して緊急手術で創外固定を行い、現在は二次手術を待っている状態だ
緊急手術後は熱が下がらず、点滴などもあって意識も朦朧としていたが29日には平常値に戻った