2014年12月10日水曜日

幕岩 青春18切符 ネオプレーンソックス




今日は有給休暇をとって大竹さんと幕岩
上級レスキューの個人レッスンを大竹さんにしてもらったが、彼は夜勤明けで毎週のごとく付き合ってくれた
それでクライミングに関しては私が大竹さんの都合に合わせることがあっても良いと思ったのである

冬のフリークライミングエリアの定番の一つである幕岩だが、再訪は25年ぶりくらいだと思う
真鶴から伊豆にかけての道路事情というのは最悪で、城ヶ崎海岸に通う時には渋滞で散々な目にあっている
そのようなわけで城ヶ崎海岸を訪れる時には電車という選択肢を採用することも少なくなかった
そんな時に重宝したのが青春18切符である
出発前にネットで調べてみると12月10日から1月10日まで有効だというので、昨日の昼休みにお茶の水駅で事前に用意しておいた
勤務先の同期である千葉さんは「18歳ではないのに使えるのか?」という
「千葉さん!成人でも使えるんですよ」

四街道駅5時44分の始発の快速電車に乗車して湯河原には8時33分到着
大竹さんの車で幕岩へ

2014年12月9日火曜日

幸せなひとときが流れる錦糸町の夜


JR錦糸町駅から白い息を吐きながら足早に歩く
一刻も早くホールドに触れて、空間に身を躍らせたい私
まるで恋人にでも会いに行くかのようにわくわくしながら目指す錦糸町の夜

手早く着替えを済ませ、ボルダー壁の前のベンチに腰掛ける
そしてザックから夕食用に錦糸町のHOKUOで買い求めた小さなフランスパンを取り出し、ホールドを目で追いながらゆっくりと食べる

はやる気持ちを抑えながらストレッチを入念に行って、チョークアップして最初の課題の前に立つ

2014年12月7日日曜日

千葉岳連指導員連絡協議会そして国体優勝祝勝会


今日は千葉岳連の指導員連絡協議会の総会

植草さん、盛さん、春日さん、大木さん、岩崎さんなど何十年も代わり映えのしないメンバーが揃った
代わり映えがしないということは私も含めて高齢化が進行したということにほかならない
それにしても、昨年の総会後、一緒に酒を酌み交わした前千葉岳連会長の宇野さんの姿が見えないのはさみしいかぎりだ
今年3月に山岳スキー中に雪崩によって他界したのである

さて、肝心の総会だが少々興味深い展開となった

2014年12月6日土曜日

雪の三ツ峠



土曜日はAGS-Jの上級レスキュー研修サポートで三つ峠へ

4時半に四街道を出発し富士急電鉄の三つ峠駅(標高613m)で妻を降ろす
妻は三ツ峠山頂まで標高差1172mを登る
妻だと4時間近くかかるだろう
私は車でいつもの入山

トイレ脇の駐車場から歩き始めてすぐ林道は雪に覆われはじめた
四季楽園に到着するとテラスには国分さん、千石さん、阿部さん、桜井さんと馴染みのメンバーがすでに準備中だった
屏風岩を見るとアパッチハングの右には大きなつららが下がっておりバンドには積雪も見られる
本日の研修は四段ハングで行うとの予告だった。この手の大きなハングは私の最も得意とする分野で楽しみにしていたが、バンドに雪が付着している状態では危険だし、こんな寒気の中で長時間四段ハングにぶら下がっていたくない

2014年12月4日木曜日

「木内 聡」の命日 雨の錦糸町




今日は木内さんの命日
彼が逝ってしまったので仲間内でビッグウォールを登れるのは中西さんと石渡君の二人だけになってしまった
つまり話のかみ合う数少ない仲間を私は喪ったのだと思う

最後に病床を訪れた時に彼は言った
「俺らにとっては故郷の山とは筑波山だよなぁ もう一度、賀来さんと一緒に筑波山に登ってビールを呑みてえ」

今日は朝から雨模様となって錦糸町から御茶ノ水へのウォーキングも中止
夜は雨のなかをT-Wallへ急いだ
T-Wallはアキパンに比べるとおしゃれではないが、質実剛健ということばが似合うジムだと思う

2014年12月2日火曜日

日赤救急法 Tウォール 西村ヒョイヒョイ 鹿島槍&五竜


AGS-Jでは消防や日赤などの救急員の認定を事前に受けていることが前提になっているようなので、有給休暇をとって手始めに日赤の基礎講習を受けた この後、別日程で救急員養成講習を二日間受講しなければならない
本日の基礎講習は15時半に終了するので、終了後にTウォール錦糸町店へ向かった

勤務先近くにアキパンがあるので時折行くし、自宅のボードでもそれなりことは出来る
しかしながら今の私に必要なのは瞬間的なパワーというよりも持久力なので10mを超える壁を持つTウォールに切り替えることにしたのである
Tウォールはボルダー課題も充実している上に一ヶ月単位のフリーパスが用意されているので好都合

ということで重い11mmのクライミングロープを担いで16時50分にTウォールに到着
さっそくハーネスをつけて、知り合いが来るのを待つ
地域的な問題から千葉岳連のメンバーは無理にしても都岳連の知り合いは来るだろうと思っていたが、不思議なことに誰も来ない・・・
仕方なくボルダー課題を20本ほど登って家路についた
一ヶ月フリーパスを購入してしまったので明日から余程のことがない限り毎日Tウォール錦糸町に通うことになるだろう

2014年11月30日日曜日

第6回 土橋敬司氏 関東3県合同遭難対策会議















街にクリスマスキャロルが流れる季節となった 土橋さんが行方不明となって二回目の冬を迎えたのである

私たち極道一家の酋長とも言える谷川幸一遭難対策本部長の号令で、昨日11月29日に関東3県合同遭難対策会議がつくば市つくば研究支援センターで開催された

茨城・栃木・千葉の捜索関係者による会議も数えること第六回
残念ながらいまだ土橋さんを発見するには至っていない

手がかりらしい手がかりがまったくない状況下で苦しい仮説検証を繰り返してきたが、一つの区切りをむかえざるをないこととなった
合理的な根拠に基づく新たな仮説の立案が困難になりつつあるのである

土橋さんの二人のお嬢さんにもおこしいただき、捜索活動の説明と、7月に回収した北鎌平のデポ品の開封を行った

今回、距離的な問題で岐阜の村田さんや佐藤さん奈良の河村さん鎌倉の石田さん、あるいは仕事の都合で川崎さん宮崎さん小沼さん川面さん。住金鹿島の和田さん金田さん北原さん楠木さん、宇都宮アセントクラブの花塚さんなど数名の方々が参加できなかったけれど18名のメンバーが揃った
もっとも重要な初動段階における労山千葉の横山さん池田さん徳永さんにも感謝したいし、岸本さんをはじめとする松本署地域課の皆様や北ア南部遭対協の皆様にも感謝したい
住金鹿島事業所のメンバーによる食料と燃料の荷上げにも助けられた
ババ平の倉庫にギアや食料品のデポをお許しいただいた槍沢ロッジにも感謝したい
また捜索現場に赴いたわけではないが空撮による写真の解析を通じてご協力いただいたクライミングジム飛鳥の皆さんにも感謝したい

2014年11月26日水曜日

雪をまとった槍ヶ岳



11月15日から17日まで息子が大学山岳部の冬山合宿偵察山行で北アルプスの笠ヶ岳にいった折に撮影したショットに山ごころを誘う何枚かがありました
まず、上記ショットです。槍ヶ岳には敏感になっているので、この一枚に心惹かれました。「クリヤの頭」直下から撮影されたものかと思います

2014年11月24日月曜日

二子山と島田さんのこと


今週は二子山だ
日本アルパインガイド協会(AGS-J)の三苫さんからルートガイディングとショートローピングのチェックを受けるためにやってきた

二子山といえば、安藤さんと中央稜を登ったことを除けば、二子山に通ったのは島田さんが乾杯に熱中しはじめた頃のことだから20年近く前のことになる
「乾杯5.14c」については多くを語る必要はなかろう

2014年11月16日日曜日

素晴らしき人々との出逢い



日本アルパインガイド協会(AGS-J)の上級レスキュー審査に合格したのは先週のことで、やれやれというか、ほっとしたというか、ともかくもこの週末は妻と久しぶりに筑波山へ行って体力トレーニングをしたあと岩場開拓をしながらクライミングという平穏ないつもの週末を過ごすつもりだった

そうしたところ大竹さんから「この週末に中級、初級のレスキュー資格検定があるので三ツ峠へ来ませんか?」
とのメールを頂戴した
「お役に立てることがあるのなら喜んで・・・」
ということで今週も三ツ峠を訪れることになったのだが、東京消防庁ハイパーレスキューとの邂逅という印象に残る二日間となった

2014年11月13日木曜日

26年前のトレーニング日誌 土橋さんのようにありたい

1988年2月29日のトレーニング日誌


二週間ほど前にひじを故障してしまった
左右ともに痛いが左が特にひどくコップを持つことさえままならない状態で、さすがに二週間ほどトレーニングを休んだ
ひじの故障は昔からたびたび経験しており、想定内の症状だったけれどコップを持つことも出来ないほどの痛みはかつてなかったと思う

今週、たまたま昔のトレーニング日誌をめくっていたら、26年前の記述に同じようなひじの痛みを訴えているページを見つけた
1988年2月29日のページだった
この時は若かったこともあってだましだましトレーニングを続けていたことがわかる

2014年11月9日日曜日

オーバーハングの下降

11月8日朝日をあび始めた岩場


6月から取り組み始めた日本アルパインガイド協会(AGS-J)のレスキューテクニック
今週末は三ツ峠において二日間に渡って勝野さんにチェックしてもらった
講師側は勝野さん、大竹さん
生徒側は建部さん、山本ガイド、私

今回もっとも興味深かったのはオーバーハングの下降である
オーバーハングと言っても普通のオーバーハングではない
50m目一杯懸垂下降してもロープの末端が空中にあるというようなハングである
このようなハングは奥鐘にもない

そのようなハングは普通の懸垂下降では下降できないが、クライアントを誘導しながら安全に下降するという、まさにAGS-Jの真骨頂ともいうべき上級テクニックだ
このテクニックをマスターした時にはシビレタというか感動した
テクニックの出どころを勝野さんにたずねたところENSAすなわち「フランス国立スキー登山学校」だという
私の手元にある3冊のAGS-Jガイドマニュアルにも掲載されていなかった

2014年11月1日土曜日

神奈川県立山岳スポーツセンター クライミングタワー



今日も日本アルパインガイド協会(AGS-J)のレスキューマスターである大竹さんを講師とする自主研修
東京都山岳連盟の建部さんも一緒で、ビレイ役に妻も連れてきたので総勢4名

大竹さんはレスキューにかかわる職業に就業しておりレスキューのプロフェッショナルとしてアメリカ式、ヨーロッパ式などそれぞれに詳しい
職業レスキューは山岳チームレスキューを更に上回る安全性・確実性が求められ、救助に特化した道具が使用される
その大竹さんがAGS-Jのレスキューを高く評価する

AGS-Jのレスキューテクニックはガイドが使用するテクニックであって、おもに想定しているのはバーティカル環境でのガイディング中のクライアントに対する一刻を争いながらも限られた装備による安全性・確実性の高いレスキュー、あるいは偶然他パーティーの事故に居合わせた時のレスキューとなっている
レスキューギアに関してもガイド一人が背負っていくことが前提になるので種類と数も限定される
そのような条件下でどのように安全性・確実性を確保するかということがAGS-Jのレスキューテクニックには求められている
そういった意味では個人山行でのクライミングにおけるセルフレスキューとも少し異なる点がある
例えば携行装備で「通常のクライミングでは8mの補助ロープなどは持たない」という声もあろうがAGS-Jのガイディングはクライアントを相手にするものであって個人山行の延長線上にあるものではないと一蹴される
これらのことは山岳クライミングのガイディングを職業とするAGS-Jのガイドにとっては当然の話なのかもしれない

2014年10月30日木曜日

Midnight Lightningとリン・ヒル


Midnight Lightningの取付点にチョークによって描かれている稲妻マークをInkscapeで描画してみました
このInkscapeは優れもので、アドビのイラストレータに準じた操作を行えるオープンソフトです
下敷きにした原画は2010年にヨセミテを訪れた際に撮影したものを利用しました

チョークで描いた雰囲気が伝わっていますでしょうか?

フリークライミングの聖地CAMP4にある世界で最も有名なボルダー課題の一つであるMidnight Lightningのことは何度も触れていますし、私の愛すべき石渡健君が数年前に登ったという便りを今でも心のなかで大切にしています

ですから、取付き点に描かれた稲妻マークを描いてみたいとは常々思っていたことでした

そして完成したMidnight Lightningのマーク

2014年10月26日日曜日

オーバーハングからのガイディングレスキュー


先週にひきつづき日本アルパインガイド協会(AGS-J)のレスキューマスターである大竹さんによるマンツーマンの講習
朝8時、三ツ峠の駐車場で待っていると白いパジェロがやってきた
大竹さんである
今日も大竹さんは夜勤明けなのだろう

2014年10月21日火曜日

空中でのガイディングレスキュー





日本アルパインガイド協会(AGS-J)のレスキューマスター資格を持つ大竹さんが、上級レベルのガイディングレスキュー技術を教えてくれるという。
しかも夜勤明けで明日も出勤だというから、まったく頭が下がる。

AGS-Jのレスキューはそもそもガイドが使うもので、
「ガイドはルートを登れる技量をもっているだけでは不十分で、何らかのトラブルで進退窮まったクライアントを安全圏まで退避させる技術を持っていてこそ、初めてガイディングができる」という考え方に基づいている。

2014年10月17日金曜日

遭難救助の切り札「HITOCOCO(ヒトココ)」

先週の土橋さんの合同集中捜索のベースキャンプで、あることが話題になった
それは角掛さんが辻君に持たせていた「HITOCOCO(ヒトココ)」という名称の20gほどの小さなプラスチック片に関することだった

きっかけは今回の捜索で角掛さんが辻君に「HITOCOCO(ヒトココ)」を持たせたことによる
単独で七倉から湯俣川そして天上沢へと土橋さんを捜索するために遡行するという辻君に角掛さんが持たせたのである

2014年10月12日日曜日

10月10日-12日合同集中捜索 ひとつのPDCAサイクルが完了した

水俣乗越から天上沢を下降していると誰かが静かに深く「おぉ・・・」と声をあげた
槍ヶ岳に月が懸かっていた  神々しいとはこのことか


10月10日から13日の土橋さん合同集中捜索は本日全員無事下山した
大型台風19号の来襲が予報され、すべての作業を前倒しして行ったこともあり、予定していた捜索は予備日を使うことなく完了することが出来た

残念ながら土橋さんを発見することも、痕跡を確認することも出来なかった

この一年をかけて仮説とその検証を踏まえて、新たな仮説を導き出し、そしてあたらな仮説の検証を行うというPDCAサイクルを展開してきたが、今回の捜索を持って、現時点におけるすべての仮説検証に一つの区切りをむかえることになった

2014年10月8日水曜日

明日の夜出発


10月10日から始まる捜索活動計画がほぼ確定した

関係者はギリギリまで休暇調整をしているので、これから駆け込みでメンバーが増えるかもしれないが、長野県警への提出計画書は本日をもって確定としたい

参加者は角掛さんが加わって10名
今のところ12日の日曜日以降は悪天が予報されているので、11日までに計画を達成して悪天前に安全地帯に退避したいものだ
猪熊さんの天気予報と現地での観天望気などを踏まえて判断したい

一方、私は風邪をひいてしまい、10月6日から今日まで3日間にわたって会社を休んでしまった
抗生物質を投与してもらい幾分症状も緩和された
明日の夜に出発予定だが、全快を祈るばかりだ

2014年10月1日水曜日

10月捜索案


10月の捜索案が仕上がった
出発まであと一週間あるので、関係者と協議の上、修正を施し、長野県警察へ提出したい

参加者は9名 谷川、村田、尾崎、川崎、藤枝、中西、石田、篠原、賀来
ベテランぞろいの強力なメンバーで捜索隊を編成できそうだが、安全を最優先したい

2014年9月20日土曜日

懸垂下降時のロープ連結方法を変更した


より高グレードを登るためには新しい方法や道具に貪欲な反面、安全技術に関しては案外保守的なのかもしれない
生命に直結するという意識があるから、安全性を高めるための変更であれば柔軟に受け入れるが、利便性を理由に変更することには少なからず抵抗感がある

2014年9月15日月曜日

合同集中捜索を10月10日から13日に実施予定

8月の捜索時のババ平BCでのひとコマ
クライミング飛鳥というクライミングジムのメンバーである
頭が下がる


昨年10月に回収された独標直登ルート終了点のデポ品は土橋さんが独標まで到達していない可能性示唆するものだった
これを受けて北鎌沢の右俣と左俣を重点的に捜索した


まずは村田、斎藤、佐藤で捜索用リファレンスマップ上の北鎌左Dの合流点付近まで肉薄した。これを受けて10月末ヘリコプターによって死角となっていた北鎌左Iから北鎌左Aまでの各支流と北鎌右のすべてをくまなく舐めた

これらの捜索により、土橋さんは北鎌沢出合から奥には入っていないとの仮説を取らざるを得なかった
となると東鎌尾根ということになる
東鎌尾根の槍沢側の谷は確認済なので、天上沢側の谷が残った。昨年10月末のヘリコプター捜索では、遅くまで雪渓が残ることが確認されていたので、谷の捜索は、その雪渓が最も後退するタイミングで実施するのが合理的ということになる
9月などの中途半端な時期に谷へ入っても「雪渓に覆われていました」で終わってしまうのは明らかだからである
雪が来る直前の10月中旬がベストとなる

2014年7月24日木曜日

7月20日北鎌平のデポ品発見


雪融けが進み、現地捜索が再び始まった
岐阜の村田が残雪量を確認するために6月14日に入り、
そして海の日の三連休となった7月19日から21日にかけて今年二回目となる現地捜索が実施された

今回の私たちの捜索目的は北鎌平のデポ品の有無の確認である
土橋は北鎌尾根のコース上の三箇所にデポをしており、これらデポ品を回収することが2013年8月の北鎌行の理由の一つであると周囲に漏らしていた
手がかりらしい手がかりが皆無の状態の中で、これらのデポ品の回収の有無が土橋の到達地点を間接的に指し示す可能性を持っている

デポ品設置場所と昨年までの確認状況は次の通りである
 1.北鎌沢出合対岸---------9月5日村田、斎藤により「無」であることが確認された
 2.独標直登ルート終了点---10月14日賀来により発見回収済み
 3.北鎌平----------------未確認


2014年7月17日木曜日

土橋さんの服装

昨年の8月7日に土橋さんが身に着けていたと推測される服装を公開します。
これはご家族の方々や、山仲間により絞り込んだもので、ほぼこの装備だったと考えています。

この装備を公開することにより、沢のなかやヤブの中で、どなたかがこれらの装備を発見することに期待しています。

2014年7月15日火曜日

土橋さん捜索カレンダーの設置

昨年に引き続き出動可能日を共有するためのカレンダーを設置しましたので、お知らせします。
第一陣は今週の土曜日から始まる三連休となります。

【土橋敬司氏捜索関連メール】が配信されているメンバーは同じメールアドレスでグーグルアカウントを取得いただければこのカレンダーに書き込みができます。
出動可能日または出動不可能日を入力してください。


2014年6月21日土曜日

レスキュー訓練

 AGS-Jの松元さんに教えてもらったレスキュー技術を咀嚼することを目的として息子とレスキュー訓練を行った
場所は関東周辺の某所
以前からロープワークの訓練に最適だと目をつけていた場所である
地形的に訓練に向いている場所はいたるところにあるが通行人に迷惑を掛けないような場所となると人がめったに通らない山奥ということになる
当日の通行量は車4台、自転車1台、歩行者2名
朝7時30分から訓練を開始
ミュールノットなどレスキューで多用されるロープの結び方をおさらいしてから
・1/3システムによる引き上げ
・カラビナとスリングだけのユマーリング

2013年11月20日水曜日

ラマの四次元航跡


2013年10月30日のラマの四次元航跡を公開します。

この航跡をご覧の通り北鎌沢左俣の上部を集中的に捜索していることがご理解いただけるかと思います。
これは北鎌沢出合のデポ品と独標直登ルート終了点のデポ品捜索結果に鑑みたものです

2013年11月10日日曜日

今シーズン最後の現地入り 「ラマ」によるヘリコプター捜索


「ラマ」よりのぞむ独標直登ルート取付点


台風の影響による二度の延期を経て昨日10月30日、ようやくヘリコプター捜索を実施することができた。
延期されたことにより、いささかなりとも準備ができたという意味では貴重な時間を天は私たちに与えてくれたとも考えられる
初動捜索を除いて、なんの準備もないヘリコプター捜索は結果として物見遊山となんら変わらないものに終わってしまう可能性が高いであろうことは容易に想像がつく
発見できるに越したことはないけれど、たとえ発見できなかったとしても、捜索完了地域を明確にすることによって、捜索範囲が次第に絞り込まれていかなければ、何の意味もない。

今までの報告と重複するが主な手順をあらためて列挙しておきたい。

1.捜索用リファレンスマップの作成
2.転落方向の想定
3.発見難易度評価
4.上記2と3に基づく捜索計画の立案とリファレンスマップへの反映
5.捜索計画に基づく.望遠鏡による現地調査
6.捜索計画に基づく懸垂下降等を含む実地踏査
7.上記5と6を踏まえて捜索計画の見直しを実施
8.以降4から7の繰り返し
9.立体模型の作成とヘリ捜索シミュレーション

以上のうち2から8を実行する為に延べ150名を越えるメンバーが現地へはいり、おそらく今年最後の現地捜索活動となるヘリコプター捜索が10月30日、長野県警察松本警察署地域課救助係の御支援を受けて東邦航空の「ラマ」(アエロスパシアル式SA315BアルウエットⅢ)を使用して行われた

概要は添付の動画を参照願いたい

2013年10月24日木曜日

「直登ルートデポ品発見」と「北鎌沢左俣の捜索」



各地の山々で初冠雪の便りが届き始めたのは先週のことだ。
冬の到来は秒読みとなった。

10月11日に予定されていたヘリコプター捜索が天候不順もあって延期となり、次の候補日であった10月16日も台風の直撃を受け延期となった。

捜索関係者は落胆を隠せないが、10月11日は風が強く穂高では一機のヘリコプターも飛ぶことはできなかったし、伊豆大島で多くの人命を奪った台風26号の直撃を受けた10月16日はヘリ捜索など論外だった。

とはいえ、10月に入った三週間の間にも中西夫妻や栃木、茨城、千葉、岐阜、奈良など各地から集まったメンバーによる捜索が行われ、少なくともふたつの進展があった。


2013年10月3日木曜日

第三段階へ入りつつある捜索活動


922日に実施された懸垂下降による捜索によって、ともかくも鉄人土橋がアプローチとした東鎌尾根の捜索は一つの区切りをむかえた

捜索の要点を簡単に振り返ってみたい
この要点は今後の捜索活動のメインステージとなる北鎌尾根においても共通するものになるかと思う

1.転落方向の想定
天上沢側と槍沢側のいずれの方向へ落ちるのかを地図上にプロットしていく
この作業を最初に実施しないと、天上沢側に登山道が切り開かれているにもかかわらず、槍沢側を捜索するというようなことが発生する。限られた時間の中で捜索活動を効率的に行うに当たり、まず最初に実施されるべきことがらである

2.発見難易度の評価
転落する方向を想定したら発見難易度という視点で稜線上の各地点の評価を実施し発見難易度の高い地点をマーキングしていく。転落する可能性が高くとも、発見難易度が低い場所は対象外とする 転落後、土橋が自らの力でブッシュの中へ移動するケースは現時点ではあえて考慮しない なぜならば限られた捜索資源下においては一定の絞込みをせざるを得ないからである

3.リファレンスマップの作成
捜索メンバー間で場所情報の共有を図るために基準地図が必要
この地図は国土地理院の地形図を元にし、それぞれの谷にナンバリングを施しておく
ナンバリングと地形図上のコンターラインが示す標高値によって、捜索メンバー間の場所情報の共有化が可能となる