2017年1月31日火曜日

1月最終日の習志野クライミング



ここのところ千葉岳連やAGS-Jの行事、あるいはアイスクライミングと忙しかった
特にアイスクライミングは実施期間がとても短いので、これを最優先して三週連続で通った
暖冬続きなので関東周辺のアイスクライミングエリアは2月中旬が限界かもしれない
そう思うと毎週のごとくアイスクライミングに行きたくなる

さて、今日は習志野の練習会
一週間ぶりのインドアクライミング
久しぶりに妻と息子と三人で登った

2017年1月29日日曜日

2年ぶりに沼田山岳会で草鞋を脱ぐ


この土日は赤城山の北麓を拠点にする沼田山岳会のお世話になってアイスクライミングだった

名月赤城山は私の好きな歌の一つだ
沼田山岳会はさながら国定一家にも似てクライミング任侠道を追及している老舗山岳会である
AGS-J副会長の森さんが沼田山岳会の特別会員という縁で、私も一昨年から草鞋を脱ぐようになった

2017年1月26日木曜日

千葉岳連OB会 新年の集い


千葉岳連OB会の新年の集いがあった
宇野さんがいないのはさみしい限りだが、盛さんや金澤さんなど懐かしい顔に出会えるので楽しみにして参加した
場所はいつもの京成津田沼駅近くの「たかまる」
植草さんの企画で今回は前穂東壁の厳冬期初登メンバーの一人である小林さんのスピーチを拝聴することができた

2017年1月24日火曜日

寒い! 習志野への行き帰りで震えあがりました


今朝の気温は氷点下4.2度
ところが氷点下7.3度を記録した先週月曜日よりも今朝の方が寒く感じる
理由は風だろう
出勤時も寒かったし、帰りも寒かった
社員食堂での昼食はカレー南蛮を選択した
やっぱり寒い日には鍋焼きうどんやカレー南蛮が嬉しいなぁ

今夜は習志野の練習日

2017年1月21日土曜日

妻のバーチカルアイスクライミング事始め

妻

先週、霧積アイスエリアのアイスバーンで車がスリップし肝を冷やしたが、今回はチェーンの準備も怠りなく再訪問
何といってもアプローチが短いのが大きな魅力だし、先週の段階では発達が今一つだった右側の氷柱も、ここ数日の寒波で快適なアイスクライミングが可能になっているのではなかろうかと思った次第
昨夜、安中の別荘で仮眠したが明け方に雨が降った
林道のアイスバーンが更に発達したのではないかと心配になる
碓氷バイパスの入口周辺から圧雪状態で霧積ダムを過ぎた平坦地でチェーンを装着
霧積温泉金湯館へ向かう分岐点でスタックした車の援助を行ったりしたが、問題なく最奥エリア到着

2017年1月19日木曜日

二日酔いの木曜日 妻は最高到達点を達成



昨夜の勤務先の同期会で大酒を呑んで、夜更かしをしたので午前中は調子が悪かった
それはそうだろうと思う
15時半に勤務が終わって幕張のビルを出た JRで品川駅に到着したのは17時前
同期会は18時半からなので1時間半もある
それならば幕張のオフィスでのんびりしたらいいのではないか?と普通は思うであろう
ところが、そうは問屋が卸さない
エントランスのゲートを通過する時にICカードでゲートを開けるが、その時刻が記録されており、不自然な退勤はサービス残業をしているのでないかとチェックが入る
先ごろ電通が過酷な残業により悲惨な事件が起こったが、オフィスにおけるサービス残業はICカードの記録で知ることができる
たとえ風呂敷残業をしても現代の仕事の流儀はネットの活用なしには困難なので会社支給のパソコンであれば通信記録から、ある程度のことは推測できるだろう
そのような事情があって、時間調整の為にオフィスにとどまることもはばかられるのである

で、持て余した一時間半をどうするか・・・
同期会への時間つなぎの為の0次会が行われることになる
それは品川の天狗で行われ四人でそれぞれハイボールを5杯も呑んだ
そして同期会で更に呑んだ しかも帰りの「特急しおさい」で角水割りを呑む
翌日である今朝、調子が悪いのは当然ですね

夜は印西
妻が最高到達点を達成

2017年1月18日水曜日

勤務先の1980年同期会で大酒を呑んでしまった


新卒は130名ほどだったのではないかと思う
あれから37年
家業を継いだり、親の介護の為に退職するなど苦しい選択を強いられたメンバーもいる
今夜は45名が集った
先週の土曜日に急逝して不参加となった人もいるし、脳梗塞から復帰した人もいる
集まった45人のうち、2割は若々しく、6割はそれなり、残りの2割はヨボヨボだ

印西や習志野の体育館でインドアクライミングをしているメンバーには75歳を超えている人も少なくない
そんな人たちに比べると還暦の私など、まだまだ若造だと思う

一年後の再会を約束して別れた

2017年1月17日火曜日

がん検診・週末の準備・今年初めての習志野


職場で、半ば義務付けられているがん検診
毎年のことだが、年度末も近い3月に入ってからキヤノン健康保険組合指定の施設に予約を入れようとすると、大方は予約一杯で、思うような検診を受けることができない
仕事始めの後、同じ定年再雇用のKさんががん検診を受けるために休暇をとった
これで気が付いた 早く検診の予約をしなければならないと
すぐに予約をいれたが施設によってはすでに3月末まで一杯という状態だったが、津田沼の奏の杜クリニックの予約が取れた
申し込んだのは胸部CTと胃の内視鏡

2017年1月16日月曜日

朝は氷点下7.3度、夕日が美しい日だった

2017年1月16日16時48分45秒撮影

昨日、氷点下5度のアイスクライミングの世界から帰ってきたが、今朝出勤時に車の気温計を見ると‐7.3度を表示していた
車のフロントガラスはバリバリに凍り付き、今冬の最低気温を記録したことになる

小学校5年生の冬休みの研究課題として一日の気温を一時間おきに測ったことがある
その時の最低気温は氷点下13度だった
当時の四街道では日陰の土は深さ30cm程度まで凍り付き春になるまで融けることはなかった
鶏を飼っていたが、卵を取り忘れると卵が凍結した
室内でも牛乳が固く凍った
夕方に濡れたタオルを外に出すとたちまち凍って棒のようになっていた
四街道市内には信号機は一つもなく、駅前通りの石畳を除いて舗装路はなかった

今日、勤め帰りに四街道駅から美しい夕日を見た

2017年1月14日土曜日

もう少しでガードレール激突だったアイスクライミング


昨夜、息子の運転で出発した
寒気が入ってきているので標高の低い場所にあるエリアも結氷している可能性がある
廣川さんの新版アイスクライミングを参考にして、群馬方面へ向かった
安中市内で泊
そして今朝、7時半に安中を出発して霧積温泉へと向かう
霧積温泉は森村誠一の小説「人間の証明」にも登場した秘湯である
「母さん僕のあの帽子どうしたでせうね。ええ、夏碓氷から霧積へ行く道で落としたあの麦わら帽子ですよ。」

碓氷バイパスの入口手前から雪が降り始めた
霧積ダム周辺の氷はまだダメだったので、最奥まで入り、終点の広場に車を止めた
車から3分ほど歩くと現場に到着
すでに2パーティーが登っていた

2017年1月12日木曜日

寒波におおわれた日本列島 ようやく復調の兆しを感じた印西の夜



「冬型の気圧配置が続き、500hPaで-30℃前後の強い寒気が南下する」という予報が出ている本日 今朝7時半の自宅の庭の気温は‐2℃ マフラーと手袋をして出勤した

一昨日の理事会で日本アルパインガイド協会と技術提携をしているENSA(フランス国立スキー登山学校)へ6月に研修派遣されることが内定した
6年ぶりのシャモニだが二週間にわたりENSA教官ブルーノ・シューザックにしごかれることになる。

さて、今日は印西クライミングである
正月明けから無様なクライミングしかできない状態でトホホだったが、ようやく復調の兆しが見え始めた
パンプした状態で連続して印西の右ウォールを登ることができたのだから昨年末の状態にほぼ復帰したようだ

2017年1月9日月曜日

「君の名は」を観てから夜は印西クライミング





今日は印西のメンバーと筑波山へ行く予定だったが、昨日の夕方から冷たい雨が降り続け今日のお昼ごろまでそれは続いた
筑波山の山頂付近では積雪が予想されたので、昨日のうちに山行は延期することにしてみんなに通知した

それで今日
一昨日、丹沢大山ハイキングに一緒に行ったショーゾーさんがフェイスブックで映画「君の名は」を観て良かったと知らせてきた
そこでネットでチケットを予約
「君の名は」を観てから印西でクライミングをしようと妻と13時に自宅を出た
上映館はユーカリが丘のAEONシネマである
評判通りの美しい映像がふんだんに織り込まれたもので、特に雨と雪の新宿などの都会の描写には魅了された

2017年1月7日土曜日

最高! 昔の職場メンバーとの丹沢大山ハイキング



定年退職する直前まで一緒に仕事をしていたメンバーが私を誘ってくれ妻と共に、丹沢大山へハイキングに行ってきた
季節が季節だけに寒さが気がかりだったが、日本列島は帯状の高気圧に覆われ気温は低いものの風がほとんどなく穏やかな一日となった
最高のハイキング日和である

2017年1月5日木曜日

クライミング初め

妻の紺バー

仕事始めの今日は朝から快晴の空に北風が強く寒かった
JR幕張駅からの2kmの道のりをジャケットの襟を立てて足早にオフィスへと向かった

昼食は十六穀米ジャコおろしミニどんぶり ヘルシーながらとても美味しい
今年も一年が始まったなぁと思う

夕方は印西である
今年初めてのクライミングとなる
息子は風邪で寝込んでおり妻と二人で出かけた
八日ぶりのクライミングで、しかも正月は怠惰な日々を過ごした私
ウォームアップのはずの緑バーでクリップ時にプルプル状態

2017年1月4日水曜日

二日連続の筑波山は寒かった

「もうがんこ」の下がる歩道を行く

昨日、筑波山から帰宅して妻に問うた
「明日も筑波山行かない?」
妻の返事は
「いいよ」

昨日のザックに食料と水を補給して5時過ぎに自宅を出発
いつもの通り「すき家 つくば学園西大通り店」で「たまごかけごはん朝食」を食べた
250円とはスゴイ!

6時45分に筑紫湖到着
気温は氷点下2度
昨日と同じ気温である
7時ちょうど、妻のあとについて登り始めた

2017年1月3日火曜日

1571段あった筑波山筑紫湖コース

山頂直下の東屋でコーヒータイム
トラピスト修道院のクッキーをいただいた


我が家の冬山合宿ではシェルパとポーターを兼務する息子には40kgのザックを背負ってもらう予定だから息子には体調が万全であることが求められる
日本山岳会の講習会の講師から帰ってきてから風邪をひいたという息子
ベースキャンプ方式の数泊の山行は無理にしても、せめて日帰りで大同心の正面壁だけでもと思っていたが1月2日の段階で、息子にうつされた私の風邪はどうやら治ったようだが、息子の風邪の回復が十分ではない

我が家の冬山合宿の実施はあきらめた

今年から年賀状をやめたので時間がある
家でぶらぶらしていても仕方がないので、妻と筑波山へ行った
もちろん、いつもの筑紫湖から往復である

2016年12月29日木曜日

私の大切な人々に贈るアヴェ・マリア




息子の風邪で出発を延期した我が家の冬山合宿だけれども、今度は私が風邪をひいてしまった

少しだるいが今日は自宅で大掃除のまねごとをして過ごした
それでも、山へはいつでも出発できるように準備だけは行った

昨日、花島の墓に参ったことがきっかけになったのかもしれないが、今年亡くなった人たちのことを考えた
私には祈ることしかできないが、私を含めて残された人々の心の平安を願う
そんな願いをアヴェ・マリアに託したい

2016年12月28日水曜日

花島秀雄の墓に参る 冬山合宿は息子の風邪で延期


17才の花島秀雄が乗るホンダCB500が県道64号でトラックと正面衝突したのは1972年12月28日のことだったと記憶している
四街道小学校の同級生で佐倉高校へ進学した者は何人かいた
砂田もそうだし、腐れ縁の藤森や俵もそうだ
その中の一人が花島だった
当時、砂田と私は山岳部の部活動にのめり込んでいて、同じように花島と俵は体操部の部活動に打ち込んでいた

事故の当日はすでに冬休みに入っていたが、体操部の練習が佐倉高校の体育館で実施されるので、花島はそれに向かってCB500を走らせていたのである

2016年12月27日火曜日

2016年登り納めの印西

どっかぶりの右壁に挑む妻

南風が吹き込んで異常な高温となった関東地方
千葉市内の最高気温は19.8℃
フェイスブックへの山本ガイドの投稿では赤岳鉱泉で雨模様だという
午後になってから気温は急降下し夜半には6.3度となった
高山では雪が融け、それが再凍結してベルグラになったかもしれない・・・などと思う

今夜の印西の開始時間は17時
時短勤務の私でも17時に印西の松山下公園総合体育館に入るのは不可能
四街道駅に16時31分に到着し、迎えに来てくれた妻とともにそのまま印西へ直行
松山下公園総合体育館には17時15分に到着
体育館に入ってみるとすでに砂田が登っていた

2016年12月25日日曜日

冬山合宿の準備をしつつ習志野から印西への「はしご酒」ならぬ「はしごクライミング」

インナーグローブとテムレスの組み合わせでも5.10くらいなら問題ない

暖かい日が続いた

FBでの記述をみると八ヶ岳でさえも氷が緩んだようだ
一方で私は今日も「我が家の冬山合宿」の準備に追われた
行者小屋ベースキャンプなので暖房を兼ねてゆったりとガソリンストーブを使うことを前提に準備
ありがたいのは厳冬期でも行者小屋の水場が枯れないということだ
少なくとも雪を溶かして水を確保する必要がない
今年の我が家の冬山合宿は入下山に二日、行動日に二日、予備日に二日という5泊6日で準備を進めているが食料計画を含めて準備はまだ十分ではない
日本山岳会の講師として北アルプスへ行っている息子が帰宅してから詳細を検討しようと思う

さて、今日のこと
梶山さんが個人利用で習志野市東部体育館を予約し、それに誘ってもらっている
個人利用なので貸し切り状態にほぼ近く、他のクライマーに迷惑をかけない範囲内で比較的自由に登ることができる
妻にA2の人工登攀を教え、私はテムレスを使って5.10aを登ってみたが、まったくと言っていいほど問題なし

17時に習志野をあとにして印西へと向かった

2016年12月24日土曜日

13名がつどったクリスマスイブの習志野



21日深夜、正確に言うと22日の未明
1時頃に急に嘔吐感があって目が覚めた
それからは苦しくて明るくなるまでベッドの上で悶えていた
7時の段階では休暇をとろうとほぼ決めていたが、三連休を控えて私が休むと何が起こるのかを想像する一方で、三連休に休息すれば体調も復活するだろうと思い、オフィスへ向かうことにした
午前中からすでに椅子に座っているのも苦痛という状況で、午後からはますます状況は悪化
14時30分たまりかねて早退せざるを得なかった 16時半に帰宅し、そのままベッドに倒れこんだ
その夜は印西クライミングが計画されていたが、それどころではない
背中全体がバリバリときしむような筋肉痛で腰も痛い 翌23日も背中を丸めるようにしてベッドの上で悶え苦しんだ
食欲は全くと言っていいほどなく、かろうじて喉を通ったのは柿とミカンとアイスクリームだけ

そして症状が幾分緩和し始めたのは今朝のことだ
食欲ももどり背中全体の筋肉痛も消えた

体調が良くなったので妻に手伝ってもらいながら年末年始の我が家の冬山合宿の準備を始めた
ダンロップのV6を張って外張りとの相性をチェックし、幕営&生活装備をチェック
それからクライミングギアを整理
個人装備と食料を除いて、ほぼ見通しがついた
17時からカトリック西千葉教会での降誕祭夜半ミサにあずかり、母を自宅へ送りとどけてすぐさま習志野市東部体育館クライミングウォールへ向かった

生まれ故郷の教会を思い出しながらあずかったカトリック西千葉教会での降誕祭の夜半のミサ


私の生まれ故郷は大分県中津市賀来という名の小さな集落である
いわゆる戦前には賀来から最も近いカトリック教会は中津教会だった
それゆえ私の祖母は幼い子供たちの手をひきながら8kmの道を歩いて中津教会のミサにあずかっていたという 幼い子供たちとは伯母たちであり父である
戦後、賀来から3kmほどのところにドンボスコ学園が設立されてからは、その聖堂でミサをあずかるようになり、父と母の結婚式のミサもドンボスコで行われた 曹洞宗だった母がカトリック教理を学び、洗礼を受けたのもドンボスコである
だから私もドンボスコで幼児洗礼を受け、妹たちも同じようにドンボスコで幼児洗礼を受けた
戦後の祖母の心を支えてくれたのはドンボスコのカールデンライトネル神父であり、現在の私の四街道の自宅で行われた祖母の葬儀ミサの司祭は当時足立教会にいらしたカールデンライトネル神父が行ってくれた

今年の降誕祭夜半のミサはカトリック西千葉教会の17時のミサにあずかることにした
例年だと20時からのミサにあずかることが普通だけれど、今年はそもそも休日であり19時から21時の習志野東部体育館でのクライミングになんとか間に合わせたかったからである

2016年12月20日火曜日

最高気温15℃のぽかぽか陽気 夜は習志野

H壁の赤四角が廃止され、代わりに白バーが設定された


昨夜は現役時代の職場の仲間と反省会という名の忘年会が品川で行われた
当時お世話になった女性社員4名と同期入社の千葉さんと私の6人
昔話に花が咲き、楽しいひと時を過ごした
千葉さんの企画でクリスマスプレゼントの交換というのがあって、それぞれが用意してあったプレゼントをクジで相互に贈りあった
私は千葉さんからのプレゼントを受け取ることができた
そう、千葉さん自作の切子のグラスである
一方で私からのプレゼントであるモンベルのトレッキングソックスは私の娘達よりも若いAさんの手に渡った
素敵なレディーに囲まれていたので、節度ある飲酒でおさまった

そして今日
二日酔いもなく爽快な朝を迎えた
朝の気温は4℃
JR幕張駅から2kmを歩いて出勤したが右足の調子も良い
帰りも同じように歩き家路についた

夜になって、いつもの通り妻と習志野へ行く
息子は日本山岳会の行事準備があるらしく不参加と告げてきた

2016年12月18日日曜日

気温7度が暖かく感じる印西の夜にビレイディバイスを考える

前傾壁でロープをクリップする妻


午前中は昨日の八ヶ岳で使用したギア類の整備をして、妻は衣類を洗濯
テントを干し、テントマットの補修などをして過ごした

午後から新しくしたパソコンのソフトウェアのセットアップ
SSDのパソコンは起動が抜群に早く快適
電源を入れてからWindows10のログイン画面にはいるまで35秒
さらにOSが完全に立ちあがってSSDアクセスインジケーターが完全に消灯するまで34秒
高速スタートアップを無効にしていてこの速さ
感動ものである

夕方になったので妻と印西へ出発
18時45分に松山下公園総合体育館に到着
ちょうど岩崎も到着したところで三人で体育館へ入った

2016年12月17日土曜日

アイスクライミング 重田さんとばったり

下山の時に初めて太陽の光を浴びることができた


昨年は大怪我をしたので昨シーズンはアイスクライミングには行っていない

「久しぶりにアイスクライミングへ行こうじゃないか」ということで日帰りで八ヶ岳赤岳鉱泉にあるアイスキャンディーに行ってきた
アイスキャンディーは、シーズン初めにムーブを確認するには最適のゲレンデである

さて、アイスクライミングへ行くためにまず必要なのはスタッドレスタイヤへの交換だ
昨日は17時に帰宅し、息子に手伝ってもらいタイヤ交換を行った
ヘッドランプを点けて作業を進めたが、ほとんどの作業は息子がやってくれた
タイヤ交換は1時間で完了
それからクランポンのモノポイント交換やアックスのドライピックからアイスピックへの交換などをあわただしく行って19時半に自宅を出発

息子に運転してもらい、私は助手席で晩酌モード、妻は後部座席で就寝
22時半に「道の駅小淵沢」へ到着

2016年12月13日火曜日

休暇をとって古賀志 夜、帰宅してみるともぬけの殻

はりつくシーマ君5.11cをレッドポイントする砂田


印西でクライミングをしているメンバー9名を砂田が募って外岩を企画してくれた
当初の予定では湯河原幕岩だったが、関東南部ほど天候が悪いとの予報だったので、古賀志に変更して実施された
古賀志でクライミングをするのは20年ぶりくらいになる
土日なら谷川さんが管理人のようにしてお堂の前にいるのだろうが、あいにく今日はいない

案じられた天候はまずまずで日差しもあって暖かく楽しく登ることができた
ウィークデイなので私たちの他には地元クライマーが3人だけで、自由にゆっくりと登ることができた

2016年12月11日日曜日

印西に大木さんをむかえて登る

大木さんは20年も第一線から遠ざかっていたにしては
スリムな体形を維持している


母と午前中はカトリック西千葉教会で待降節第三主日のミサにあずかった
小林神父様の説教の中で300年前のイタリア人司祭シドッチ神父の話があった
かの新井白石に尋問を受け、白石は『西洋紀聞』を記した
しかも、一昨年茗荷谷の切支丹屋敷跡地から人骨が発見され国立科学博物館の調査によりシドッチ神父の遺骨であると特定されたという

12時過ぎに帰宅
当初の予定では幕張総合高校のクライミングウォールへ行く予定だったが変更した
昨日手を付けた庭のケヤキの大木の枝の切り落としを完了しておいたほうが良いと判断したのである
高さ10mを超える大木の切り落としは困難、かつ危険を伴うが、高所作業はお手の物
切り落とした枝をそのままフォールさせると隣家の屋根に枝が接触する恐れがあるのでロープで吊っておろす方式を採用し、安全に作業を進めることができた
問題だったのは中心部の幹の先端部の切断 これも手法を慎重に考えてクリア
意外なところでガイドとしてのレスキューテクニックが威力を発揮したものだ
日没まで作業は続き17時に終了

お茶を飲んで、柿などを食べて一服し、息子の運転で妻を伴い印西へ向かった

2016年12月10日土曜日

運命のいたずら 大木さんとの再会 新PCのセットアップ

左から
砂田、岩崎、大木さん


忘年会という名のお食事会の朝は快晴である
出発する前に、息子に手伝ってもらいハーネスを装着してロープを結び庭のケヤキの枝を落とした
アクロバティックな動作は人工登攀のA2に相当していた
10時25分に妻とともに自宅を出発し勝田台で砂田をピックアップ
ついで印西の岩崎宅へ向かった
先月、自宅を建て替えたばかりの岩崎邸へ立ち寄るのは初めてである
安食の金田屋に到着したのは11時40分
ところが、今日は予約客で満席だという
さて、どうしよう・・・

で、とっさに頭に浮かんだのは甚兵衛そばである
甚兵衛そばとは言うまでもなく宗吾霊堂前にある大木さんの店だ
岩崎も砂田も異論なく、甚兵衛そばへ向かった
12時10分に甚兵衛そば到着

2016年12月6日火曜日

PCの買い替え 夜は習志野



夕方から冬型の気圧配置になって冷え込むと天気予報は告げている

一週間ほど前に自宅のノートPCがいかれてしまって困ったが、思えば2011年の1月に購入したから6年近く使ったことになる
そろそろ買い替え時期ではあった
2年ほど前から会社ではSSD搭載機種を使い始めたが、一度SSDを使ってしまうととてもHDDには戻れない
BTO(Build to Order)PCが良かろうと思っていたところ、480GBのSSD搭載でメモリ8GBの手ごろな価格のノートPCがマウスコンピュータにある
オフィスはMSだと高いので、KingSoftのVBA対応版で構わない 送料税込みで64252円 安い! 注文した

夜は妻と習志野市東部体育館のクライミングウォールへ向かった

2016年12月4日日曜日

木内さんの命日 千葉岳連 忘年会 印西

京成船橋駅周辺にはディープな路地がある



今日は木内聡さんの命日
2007年のことだったから9年になる

今年は千葉岳連指導員総会と重なった
スポーツクライミングは盛んだが、いわゆる山登りに関しては千葉岳連は低調である
これが悩みの種か

総会がおわってから指導員研修会があり、今年はアライテントの福永さんが講師としておいでくださった
ヨシキスポーツによって現在入手できる主要テントを実際に張って見せてくれた
アライテント、エスパース、ダンロップ、ファイントラック、モンベル、MSR・・・・
テントも奥が深い