2023年1月30日月曜日

ガレット・デ・ロワ


今年の公現祭(エピファニー)では孫たちが「ガレット・デ・ロワ」を食べる動画が送られてきて、大いに癒されたけれども、その「ガレット・デ・ロワ」が市内で購入できる店があると幸子さんが教えてくれたのは一週間ほど前のことだった

店の名は「ボー・スィエル
ホームページによるとフランス国立「製パン学校」の教師だったフランス人シェフが営むパン屋だという
フランスには国立の「製パン学校」があるのかと驚くが、フランス国立「スキー登山学校」があるのだから、そういう文化的な土壌があるのかもしれない

2023年1月29日日曜日

孫の絵本・岩崎のビレイでクライミング・素直ガイドの谷川岳


フランスのプロバンスに船便で荷物を送ることになり、その中に小学館の「めばえ」という幼児向けの雑誌を入れて欲しいと次女から要望がありました
「めばえ」だけではなく絵本や童話集なども入れようということに思い至り、今日はそれらを買いに行くことにしました
私と違って月~金と週五日働いている幸子さんは土・日も印西クラックの店番やクライミング教室などに刈だされ休む間もありません
なので私一人で本を捜しに行くことになりました

2023年1月28日土曜日

大寒波・蝋梅の花・印西クラック・クライミング教室


10年に一度とNHKが放送している大寒波に覆われた今週の日本列島
今日は幸子さんと私は三週連続で印西クラック店番と印西市役所主催クライミング教室のダブルヘッダー
素直ガイドは今日明日の二日間で谷川岳へガイド山行です

それでは今日一日を振り返ってみましょう

2023年1月27日金曜日

雪山登山で必要な情報


雪山シーズン真っただ中で素直ガイドのここ一か月間(30日間)の雪山入山日数は21日間に及びます
計画段階から入山判断、それに行動中に参照する情報があります
すでに多くの登山者が利用しているもので、特別なものではありません
素直ガイドによる技術分類では「防御技術」に該当するものになります

今日は雪崩に関係するものを三つほどご紹介します

2023年1月22日日曜日

都岳連「新春の集い」


登山界では異例ともいえる巨大組織「公益社団法人東京都山岳連盟」でガイド部門を担当している私は登山界での横のつながりを無視して活動することはできない立場でもある
印西クラックの店番は岩崎が替わってくれた
元々は審判員更新研修の予定が入っていたので平野さんや有地さんに詫びのメールを入れた

スケジュールをやりくりして都岳連の「新春の集い」に出席した
今日一日を振り返ってみたい

2023年1月21日土曜日

ダブルヘッダー「印西クラック店番&印西市主催クライミング教室」


朝5時40分素直ガイドが1月18日~19日の八ヶ岳アイスに引き続いて、中一日の休みで再び八ヶ岳に向かって出発して行った
今週末は知り合いのガイドも何人か赤岳鉱泉へ入ると聞いている

一方で幸子さんと私は先週の土曜日に引き続いて印西クラックと印西市主催クライミング教室のダブルヘッダー
幸子さんと私で協力して弁当を用意し、一路印西クラックへ向かった

2023年1月14日土曜日

店番、クライミング教室、自主トレ

相互チェック

昨日から1月にしては高温状態の日本列島 赤岳鉱泉のインスタグラムでも林道が異常事態となり通行止めとの掲示がありました
一昨日から白馬に入っている素直ガイドも面食らっているでしょう

さて私と幸子さんの今日も盛りだくさんでした

すなわち
印西クラックの店番
クライミング教室のスタッフ
自主トレ

それでは今日一日を振り返ってみましょう

2023年1月9日月曜日

素直ガイドの冬期幕営講習と私の店番


冬期幕営講習を終えて、上高地から素直ガイドが夕方帰宅した
オーソドックスな冬山合宿を年間目標の中心に据えて、年間150日の入山日数を重ねてきた素直ガイドにとって冬山登山は最も得意とするジャンルである
社会人山岳会の冬山は多くの場合、年末年始の一週間というのがせいぜいだろう
十日から二十日に及ぶ積雪期(12月~3月)合宿を毎年四回行ってきた日本大学体育会山岳部ヘッドコーチの素直ガイドの話を聞いた私は
「そんなことにまで配慮しながらやっているのか・・・」
と驚嘆したことが幾度かある
今回参加したクライアントにとっても「ちまたの雪山教室」などでは経験できない内容の冬山講習会だったと思う

さて、私の一日も少しばかり振り返ってみたい
今朝、印西クラックへ出勤しようとしたら幸子さんが「休ませてほしい」
とのこと

2023年1月8日日曜日

ミサ後に印西クラックで合流


今日はカトリック西千葉教会で奉仕活動が予定されていたので、できれば印西クラックの店番は避けたかったが3月末までの辛抱だ
印西クラックには幸子さんに午前中から入ってもらい、午後から私が合流することになった

ミサの後の奉仕活動が終わり、京成電鉄西登戸駅から北鎌ケ谷を経由して印西牧の原駅に13時22分到着
印西クラックに入ってみると幸子さんはお客さん対応の真っ最中だった
昼食も摂れずに対応に追われているという
15時半からは一変して客足が途絶えた 私が途中で買ってきた弁当を幸子さんと二人で分けて食べた

2023年1月7日土曜日

エピファニー、上高地ライブ、印西クラックで超回復


昨日1月6日はエピファニー(主の公現祭)だったからガレットを食べてフェーブを当てた孫たちの動画が送られてきました 家族で楽しんだクリスマスも終わりを告げました
日本とフランスとの時差は8時間ありますからこの動画が配信されたのは朝7時49分 フランスでは1月6日金曜日の23時49分ということになります

素直ガイドは一昨日上高地から下山してきたばかりですが再び今日からガイドの仕事で上高地入りしました 素直ガイドがこの動画を見るのは全ての行動が終わる夕方になるでしょう

私と幸子さんは今日も印西クラックの店番です
本当はガイドの仕事や幸子さんを連れて山に行きたいのですが、仕方がありません あと三か月の辛抱です

2023年1月5日木曜日

窓からの日差しにぬくもりを感じた印西クラック


正月も5日になると大概の人は仕事が始まっています 定年まで勤務していた会社も正月明けは1月5日でした
今日は四日連続となる印西クラックの正月営業の最終日です
幸子さんが作ってくれたチャーハンを食べて出発し、北西の空に旋回する第一空挺団の機影を見ながら車を走らせました

今日のBigHopはさすがに人影もまばらでした
来店客が少ないので幸子さんとのクライミングもはかどりました
四日連続ともなると疲労が蓄積して背中の筋肉がバリバリと音をたてそうなくらいこわばっています

2023年1月4日水曜日

孫のような子供たちと登った印西クラック


関東地方は西高東低の気圧配置で乾燥しきった日々が続いています
今日も幸子さんと印西クラックの店番をしました
お客さんが途切れた時にその隙間を縫うようにして幸子さんとクライミングします
幸子さんや私が登っている途中で体験クライミングを希望する子供たちがやってきたりします
そんな時はロワーダウンして子供たちの相手をします
中には泣く子や、いたずらをする子もいますけれど、それらを含めてまるで孫のような子供たちの可愛らしさに頬をゆるめながらビレイするのも楽しいものです

2023年1月3日火曜日

忙しかった印西クラック


昨日、帰宅してから幸子さんに
「明日も印西クラックの店番しない?」
と誘うとOKの返事をもらうことができました

おおむね5時に目が覚めます 毎日のようにフランスから孫の動画がLineで送られてくるので、それをチェックするのです
それから年末から素直ガイドが北アルプスに入っているので山の天気をチェック
6時になると幸子さんも起きてストーブに点火しテレビのスイッチを入れ、電灯をつけます
私もパソコンの電源を入れてメールのチェックなどします
今日は7時になって給油の為にガソリンスタンドへ行って、ついでに洗車してから帰宅すると幸子さんが今日の昼食の弁当を作ってくれていました

2023年1月2日月曜日

仕事始めの印西クラック


大晦日は
素直ガイドは北アルプスに入って不在
紅白歌合戦を幸子さんと二人で観ました
知っている歌手と歌がほとんどないので、興味はほとんどありません
ガイド向けのメールを発信するための資料調査などをしてから年越しの直前に送信することができました
元旦は来年度のガイド向けマニュアルの修正などをして過ごしました
先日、ドライブレコーダーを幸子さんの通勤用「日産マーチ」に取り付けましたがリアカメラはまだでした 幸子さんに手伝ってもらいリアカメラを取り付けました
12月20日頃フランスから発送したというクリスマスカードが届きました

そして今日

2022年12月29日木曜日

没50年 花島秀雄君の墓参り


私の家から四街道小学校への通学路は大日から新生(あらおい)への坂道を下っていくと下志津新田の集落へと入っていく
大日や鹿放ケ丘は戦前は旧日本陸軍の演習場だったところで戦後になって陸軍の復員兵や満州引揚者等に土地が払い下げられ農業をなりわいとして住んだ だからもともとの地元住民はいない
一方で下志津新田は「新田」という名でわかるように江戸時代からの古い村である
その古い村を突っ切って金毘羅神社で左折すると民家は途絶え、村はずれに田んぼに囲まれた墓地がある 田んぼを突っ切る道の両側は土手になって春になるとつくしや野蒜が育ち、学校の帰り道に野蒜を食べたりしていた そこから四街道小学校はもう近い 現在私が小学校前の道を車で通過する頻度は週に1~2度といったところだろうか
この墓地に花島秀雄が眠っているから時々彼のことを思い出す

2022年12月25日日曜日

アバランチビーコンの新機種投入


登山用の道具の中で、もっとも使いたくないものの最右翼は、おそらくアバランチビーコンでしょう
電子機器なので昨今の半導体部品の世界的な不足状態の影響でしょうか登山用品店での品数も少なくなったように思います
鷹取山からの帰路で横浜駅で途中下車しカモシカスポーツへ立ち寄ってみました
カモシカスポーツは専門的なギアが最も充実している店の一つです
重いザックをお店の片隅に置かせてもらい、一通り見ました
アバランチビーコンに目を惹かれました
3機種の展示がありました

懸垂下降実技_鷹取山


懸垂下降の失敗による事故が後を絶ちません
少なくとも私の教え子たちからは懸垂下降の事故が起こらないように願って「懸垂下降に特化」した講習会を数年前から実施しています
今日は鷹取山で懸垂下降の実技講習を行いました
事前に印西クラックで懸垂下降の理論的な講習会を行い、それを実際の岩場で行うというものです
寒波が来襲して日本海側では大雪の日々が続いているので、防寒対策には十分に配慮しました しかしながら風がほとんどなく助かりました
以下は来年の為の備忘録です

2022年12月24日土曜日

ビレイ講習会


今夜はクリスマスだけれど、印西クラックで講習会の仕事でした
講習テーマはビレイで考え方は次の通りです

パパ・ノエルからのビデオメッセージ


フランスのプロバンスにいる孫たちの動画が毎日のようにLineで送られてくるけれど
送られてきた動画の中にパパ・ノエル(サンタクロース)からのビデオメッセージがあった

2022年12月22日木曜日

ヘビーデューティ山岳テントのフラッグシップ ダンロップVシリーズ


今日はダンロップV6のサイドポールを交換した
1970年代の初頭に山岳用テントの大変革があった
吊り下げ式山岳テントとしてダンロップの原型ともいえるカラコルムテントを私が見たのは1972年7月の奥穂高岳白出乗越だった 当時の私たちが使っていたのは細野商店のビニロン生地の家型テントだったから驚いた
その後、欧州山荘がボンボンテントを出し、カモシカからアンデステントのドーム型テントをエスパースと称して販売を開始した
当時の山岳用テントのフレームはグラスファイバー製が主流 唯一の例外がダンロップで軽合金フレームを採用していた
強度的に問題のあった軽合金フレームだったが、その後改良されてグラスファイバーは一掃された

私が使用してきたテントは

2022年12月19日月曜日

孫たちにクリスマスカードを送る


昨日はアイゼントレで夜中に本格的な降雨があってテントがびしょぬれになってしまいました
そして今日は
一変して穏やかな快晴の月曜日となりました

朝、8時15分に長女を職場まで送った時に、クリスマスカードを渡され、これをフランスのプロバンスに暮らす孫たちへ送って欲しいと言います
私も数週間前にカトリック西千葉教会の売店でクリスマスカードを購入してありました
そこで、一緒に出すことにしました

2022年12月18日日曜日

恒例 アイゼントレーニング


今年も冬のシーズンを前にして通称「アイゼントレ」を企画し、今週末の土日で行いました
募集にあたり説明したのは次のようなものです
「私たちが行うミリ単位の精度が要求されるアイゼントレは回を重ねるごとに微調整をしながら現在の形にたどり着きました
アイゼンの使い方が多少いい加減でも登れるような場所でトレーニングをしても、結果として登れてしまうと何が悪かったのかが自覚できないまま講習会が終了してしまいます
アイゼンの使い方が正確だと登れ、不正確だと登れない
その差はいったい何だったのか・・・を学習してもらう
例年、大好評のアイゼンで岩を登るトレーニングです アプローチは車から5分日当たりの良い、のんびりとした場所です 宿泊はオートキャンプ場泊を予定しています」
とはいえアイゼントレができる岩場は限られています
私たちがここ数年アイゼントレで使わせてもらっているのは10年前に栃木のクライマー安藤さんたちが発見して開拓した岩場です 未発表エリアですし開拓が一段落し、自然災害で下地が変化したこともあって再訪者は多くはありません
アイゼントレーニングは通常フリークライミングでは使用されない場所を利用しています
それでは二日間のレポートです

2022年12月15日木曜日

今年も大木さんの「甚兵衛蕎麦」で忘年会


また1年が過ぎようとしています

年末恒例の大木さんの「甚兵衛蕎麦」で忘年会を行いました
1971年から続いている私たちですが、大木さんがいなければ51年間に渡って山を続けていることはなかったでしょう

アルコールが入るので幸子さんに運転してもらいました 幸子さんは有給休暇を取得してのドライバー役でした

2022年12月12日月曜日

素直ガイド考案 「クライミング技術体系」


素直ガイドが考案した「クライミング技術体系」です

10年に渡って日大山岳部の後輩たちを指導育成してきた現ヘッドコーチの素直ガイドですが、指導育成効果を上げる為には最初に全体像を提示する必要があると考えたと言います
  • 全体像を知ることによりゴールが見える
  • 自分自身の現在地が解る
  • ゴールに至るために順序だてて何を学習すればよいのかを理解できる
というのです
大学山岳部4年間の入山日数600日という限られた日数で一人前の登山者に育成しなければならないという取り組みの一つなのでしょう
恐れ入りました

2022年12月11日日曜日

寒い日のプレゼピオと印西クラック

西千葉教会の屋外に飾られたプレゼピオ
屋外は初めてではなかろうか

毎月第二日曜日はカトリック西千葉教会のミサに与ります
印西クラックの店番は昨日に続いて幸子さんにお願いしました
私はミサが終わってから印西クラックへ駆けつけて幸子さんと店番を交代する約束です

今日は待降節第3主日(よろこびの主日)
待降節に入ってからミサの次第が少し変更になりました
「また司祭と共に」は「またみなさんと共に」となりましたが、習慣で「また司祭と共に」と言ってしまいます
古市神父様はにっこりしながら「もう一度お願いします」と幾度が言ってくださいました

ミサが終わって聖堂の外に出て信徒会館へ歩いていくとプレゼピオが飾られていました
プレゼピオはイエスが生まれた馬小屋の情景を模型で表現したもので、カトリック教会の降誕祭には欠かせないものです
聖堂の中にプレゼピオが飾られるのが通例ですが、今年は屋外にも飾ったようです

信徒会館で奉仕活動を11時半まで行い、それから印西クラックへ直行すべくハンドルを切りました
カーナビの指示では国道16号を行くようになっています
16号へ入ってみると大渋滞
想定はしていましたがこれではまったく埒があきません
軌道修正していったん四街道へ戻っていつもの道でいくのがやはり最も合理的です

12時半に印西クラック到着

2022年12月10日土曜日

懸垂下降講習会・店番・認定会

懸垂下降講習会テキスト

今日は懸垂下降講習会・店番・認定会のトリプルブッキングの一日でした
しかも、素直ガイドは日大山岳部ヘッドコーチとして初冬合宿で八方尾根に入山しており不在です

トリプルブッキングの中で変更不可能なのが認定会です これは印西市役所からの委託業務で印西市立松山下公園総合体育館のクライミングウォールを利用するための認定会です
スタートは17時15分ですが下準備を考慮すると16時45分には体育館に入っておく必要があります
で、どうしたかというと・・・

2022年12月7日水曜日

HMS型カラビナの補充


私の仕事では多くのクライミングギアが必要になります
例えば11月に行われたガイド養成6期実技-1の三ツ峠では私と素直ガイドの二人だけでロープ7本を持ち込みました
ガチャと呼ばれる金属製ギアも膨大なもので受講生のみなさんに分担して運搬してもらいました
そうした中でHMS型カラビナの補充を行いました
今回は補充したのは比較的小型のものです 軽量で多量のギアを持ち込むにあたって楽になります

2022年12月5日月曜日

土日月・・・三日連続の印西クラック


三日連続の印西クラックになりました
クライミング基礎講習Part2ということでマルチピッチクライミングの講習でした
日大山岳部で10年近く後輩たちの指導を行ってきた素直ガイドは指導慣れしており、見ている私もとても勉強になりました
「なるほど!・・・そういう説明ならわかりやすいな」
17時に講習会は終了しました
この時期ですからもう真っ暗です

2022年12月4日日曜日

2回目のクライミング基礎講習Part1印西クラック


昨日に続いて日曜日も印西クラックの店番
並行して素直ガイドによる第2回クライミング基礎講習Part1でした
西東京方面から2時間近くもかけて来てくれる参加者の熱心さに頭が下がる思いです
Part1の主な内容は次の通りですが、それぞれとても内容の濃いものです
例えばワイヤーゲートの意味、あるいはセルフビレイのメインロープ使用とランヤード使用の差異などをこの技術に至った歴史的背景も含めて解説していきます
1.ギアの扱い方
2.セルフビレイ
3.リードのビレイ入門
4.クライミングの基本ムーブ
5.服装と一般的な装備
6.用語説明

2022年12月3日土曜日

シバタクライミングスクール貸切 印西クラック


今日は柴田さんのシバタクライミングスクールの貸切営業でした
1970年代後半にヨセミテからのフリークライミングの大津波をかぶった日本のクライミング界 そして1980年代から1990年代にかけて大きく変化していった時代を千葉、栃木という片田舎で共に過ごしたクライミング仲間が何人かいます
それは上田益孝や島田貞雄、谷川幸一、柴田朋広たちでした
そんな仲間たちと日光でルート開拓をしたことがありました