2012年11月25日日曜日

筑波山一筆書き、新そば、そしてボリエールG1ライト

一日じゅう遊ばせてくれた筑波山麓を湖面に映す
夕焼け前の筑紫湖


昨日は蛭ヶ岳だったが、今日は筑波山である
当初、椎尾道を二往復しようと考えていたが、単純に二往復するだけでは、あまりにも芸がない
知恵をだしてこそホモサピエンスである

そこで、いくつかのコースを組み合わせて、登りも下りもすべて異なるコースを使い、一筆書きのようにして周回できないかと考えた

2012年11月24日土曜日

蛭ヶ岳 市原新道

蛭ヶ岳山頂直下の急坂を防護柵沿いに登る



三連休で、長女と山へ行くことを楽しみにしていたが、初日の23日は冷たい雨
仕事が溜まっていたこともあり休日出勤

「雨でも山へ行きたかったのに」と妻からクレームを受ける
うれしいやら、あきれるやら・・・

そこで土曜日は日帰りで蛭ヶ岳へ
蛭ヶ岳へダイレクトに突き上げる蛭ヶ尾根(市原新道)は2010年5月に妻と訪れたことがある。ブナの森の美しい尾根だった。
秋に訪れたら、どんな風情だろうか

2012年11月21日水曜日

岳人786号「結び目強度の実験検証」


妻の風邪が全快というところまで行っていないので、先週末は山へは行かず。

福岡出張で羽田空港へ向かう途上で御茶ノ水の丸善で岳人12月号を買った。
「結び目強度の実験検証」なる記事があったので興味深く思ったのである。

最も重視したのは実験検証の対象にある「懸垂時8の字」
その結果は「3.77KNで結び目がショックと共に回転」ということだった。

2012年11月18日日曜日

深まる秋


昨日、土曜日は冷たい雨が強く降ったが、日曜日の今日は秋晴れのまさに小春日和
妻の風邪はだいぶ良くなったが全快ではないので、今週も山は見送ることにした

午前中は母とカトリック西千葉教会でミサに与り、午後から買い物に行った

家に戻る途中で四街道小学校の脇を通った
イチョウが黄葉していた

息子は日和田山へ行った

私は明日、明後日と福岡出張だ

2012年11月13日火曜日

私も・あなたも、いつでも・どこでも「ダーウィン賞」候補


先週の週末は良い天気だったが、私はあいにく出勤で、妻も風邪をひいていたから、山は中止

息子は土曜日は皇居マラソン大会、日曜日はクライミングコンペと言って朝早くに出かけていった。
共に日本山岳会学生部の催しである。
クライミングコンペが行われたウォールの写真を見た。
とある大学の構内に作られたものだという。

私はかつてフリークライミングのジャパンカップや大倉カップで北山さんや山順さん、あるいはジャック中根さんたちとジャッジをしていたし、千葉県におけるクライミングコンペは私の主導で始まったと発言してもだれも異議を唱える人はいないと思う。もし異議を唱える人がいても「岩と雪」を読めば黙り込むだろう。

だからクライミングコンペにもそれなりの理解があり、人工壁に求められる要点に関しても心得ているつもりだ。

その心得の範囲では天然の岩場と異なり、人工壁の安全性については全幅の信頼を置いている。
だが、事故は起こる。
人工壁でもくりかえし事故が起こる。

2012年11月6日火曜日

雪の便りの息子の秋山合宿

先月末から北アルプスに入っていた息子が帰宅した
冬山合宿の偵察予備山行としての秋山合宿だ
昨日午後三時過ぎに上高地から沢渡へ下山したとのメールがあった

終電での帰宅になるので私はとても待てず、23時前に就寝

先ほど起床して玄関ホールへ行ってみると、100リットルの赤いガッシャーがあった
相変わらずバカデカく重い

息子は私と違って、どちらかというと大木さんタイプで写真をたくさん撮らない
それでもいち早く写真を見たいと思って雨蓋の中から防水カメラを引っ張り出してPCにダウンロード

たった36枚の写真に過ぎなかったが、そこには北アルプスの初冬の世界が広がっていた

2012年11月4日日曜日

檜洞で焚き火を囲んで深まる秋を堪能し地形図を読む

7aHCメンバーと2か月前からあたためていた秋の檜洞
金山沢の出合でビバークしたら最高だろうと想像していたことが現実のものとなった

直前になって妻も参加したいということで田部井君、鎌田君、そして妻の四人でのんびり遡行した

期待していた金山沢出合の対岸にある河岸段丘は、期待以上のビバークサイトを私たちに提供してくれた
クッションのきいた落ち葉の寝床もさることながら、明るく開けた空と紅葉
月の光が紅葉の葉をタープに映す

月に照らされた林をみながら“浜千鳥”の一節を思った
「青い月夜の浜辺には、親を探して鳴く鳥が波の国から生まれでる濡れたつばさの銀の色」

2012年10月28日日曜日

鍋焼きうどんが恋しい季節となりました

この週末、土曜日に妻の仕事があって山には行けないということだったので日曜日に山へ行くことになった。

仕事が溜まっていたこともあって土曜日は出勤
出社すると中谷さんも出勤していた

午前中に仕事が片付いたので、神田の古本屋街へ行く
ちょうど古本祭りの最中
ものすごい人混みでとてもゆっくりと本を吟味できる状況ではない
はやばやと古本の物色は諦めてICI石井スポーツへ行く
別に何か欲しいものがあるわけではないのだが、クライミングギアのチェックが目的
で、店舗の階段を登っていくと息子が山岳部の仲間たちと階段を下りてくるところに遭遇
冬山合宿の装備を買いに行くとは聞いていたが遭遇するとは思っていなかった

2012年10月23日火曜日

『生と死の分岐点』と『続 生と死の分岐点』

山岳遭難事故の真の原因を科学的に究明し、事故から学ぶ
そうすることによって、事故を防ぐことができるようになる
そのような取り組みは昔から行われていた

古くは石岡繁雄氏によるロープ切断の実験に基づいた科学的究明が存在し
その事実を私たちに知らしめてくれた岳人誌における出海栄三氏の連載があった

そして決定打となったのがクライマー必読の書として知られるドイツ山岳会安全委員会による「生と死の分岐点」ではないかと思う
著者は安全委員会委員長のピッツ・シューベルト
本書は1994年にドイツで発行、1997年に邦訳され日本の登攀界に衝撃を与えた
ドイツ人気質の真骨頂ともいえる情け容赦のない徹底した論理的思考と、その帰結として導き出されたと思われる随所に掲載されている遺体の写真
この本によって、従来あり得ないと思われていたことが事故の原因になっていたという事実を突き付けられた

それにしてもドイツ山岳会の充実に感嘆するほかない
ヨーロッパの山岳会、たとえばフランス山岳会、イタリア山岳会、ドイツ山岳会は日本の山岳会とは似て非なるもの
国を代表する登山機関という意味では日本山岳協会に相当するが、日本山岳協会の会員は各都道府県の山岳連盟/山岳協会であって個人会員の加入は認められていない
未組織登山者の個人加入を認めているのは日本山岳協会の加盟団体の一つである東京都山岳連盟だけではなかろうか

物事に対する意識の高低は人によって様々だが、クライミングにおける事故原因に対しても意識の低い人が少なくない
例えばどこかの岩場でフリークライマーの死亡事故が起こったとする
私のまわりでも「気の毒に」という感想で終わる人が少なくない
なぜ事故が起こったのか、死亡事故に至った原因は何だったのか

リンドウ咲く西丹沢

木曜日は最終電車となり、金曜日は悠子隊員の送別会だったので、少し睡眠不足

そして土曜日の朝
日本山岳会の上高地山岳研究所へ行くために5時20分の始発電車に乗りたいという息子を駅まで送ってから妻と二人で出発

いったんは出発したが、20分ほど運転して、山へ行くのは取りやめた。
なんとなく調子が悪いのである
家に戻って、再びベッドにもぐりこみ、3時間ほど仮眠
11時ころになって、妻にビレイシステムを教えようと思い立ちクライミングギアを持って出かけた。
手頃な崖、もしくは石垣を探す

2012年10月19日金曜日

懸垂下降の8の字結びは「デスノット“死の結び目”」?


文登研(国立登山研修所)が発行している登山研修をパラパラとめくっていたら、興味深い記事とショッキングな記事を見つけた。

最初に興味深い記事
2005年発行の20号の「クローヴヒッチとムンターヒッチその正しい呼称と結び方」という一節で、著者は登攀技術に関する論客として知られる松本憲親氏
こんな細かいことを指摘するよりも、もっと事故に直結しがちな本質的なことがあるだろうという気持ちになるが、氏はそのような意見に対しても本文の中で反論している。

氏の主張の要点は
1.カラビナにはスパイン側とゲート側がある。これらの結びは、カラビナに2本のストランドが同時にかかるが、より強い加重が想定されるストランドをスパイン側にかかるよう結ぶべきである。
2.懸垂ムンターの制動手側のロープがカラビナのゲートの安全環に干渉してゲートが開放される条件はロック機構が開放されるネジの回転方向でロープが接触した場合に限られる。
として、1.と2.を満たす実際の結び方を図解で説明している。

表現の正確さが重んじられ、わかりやすさへの配慮は、あまりされていない。たとえばロープのことをロウプと記述するなど、松本氏なりのこだわりが色濃く感じられる。ただし言わんとしていることは理解できる。ゲート側にストランドがかかり且つゲートが開いた場合にはカラビナの強度は著しく低下することは「続 生と死の分岐点」でも指摘されている。さっそく近いうちに試してみたい。


次はショッキングな記事
ムンターヒッチうんぬんよりもはるかにインパクトのある記事が21号の懸垂下降のロープの結び方に関する記事「ダブルストランドフィギュアエイトノットは危険だ」である。著者は同じく松本憲親氏

2012年10月14日日曜日

愛する人とのトレッキングに対応するリーダーとしてのフェイルセーフの強化

「愛する人とのトレッキングに対応するリーダーとしてのフェイルセーフの強化」
上記を目的として、職場の親睦団体7aHCメンバーを対象とした第二回安全登山技術講習を昨日土曜日に実施した

第一回目は、実技にあてる時間が少なすぎて、器具を利用しての懸垂下降を数回実施したのみ
今回は総花的にあれもこれも教えるのではなく、目標を絞って、実技の繰り返しを重視
概要は以下のとおり

【目的】
愛する人とのトレッキングに対応するリーダーとしてのフェイルセーフの強化

【目標】
絞られた目標は次の三点
 1.器具なしで愛する人を確保できるようになる
 2.器具なしで懸垂下降できるようになる
 3.器具なしで愛する人をロワーダウンできるようになる

【ゴール】
講習終了時に「完全に体が覚えた」という状態になっている

【実施場所】
登ることを教えるわけではないので実際の岩場で行う必然性は必ずしもなかったが適切な石垣を物色することはできなかった
丹沢のモミソ沢出合の懸垂岩で実施することにして神奈川県立山岳スポーツセンター前に集合
天然の岩場で実施して効率は悪かったかもしれないが、石垣やクライミングボードとは違って、臨場感があり、むしろ山における具体的なイメージが湧いてよかったと思う。

2012年10月11日木曜日

新旧イラスト・クライミング


図解を用いたクライミング技術解説書としてはクラブアルピノ高嶺会員・RCCⅡ同人の須田義信氏による「イラストレイテッド クライミングの基礎技術 Let' Go Climbing」が私の知る限り嚆矢かと思う。

その後、フリークライミングの浸透にともなって図解、写真を多用した解説書がいくつか出た。

今回、山歩きを通じた職場の親睦団体「7aハイキングクラブ」向けにロープワークをもう一歩踏み込んで教えるためのテキストブックを検討した

2012年10月8日月曜日

快晴の朝を迎えた穂高


下山の日だが穂高は快晴となった
岳沢は、南面のせいか、紅葉の進み具合が遅い
かなり冷え込んでおりシャッターを押す指も凍える

2012年10月7日日曜日

のんびりすごした小梨平



夜半から雨がぱらつき、明け方まで続いた
私の体調も芳しいとは言えないので、徳本峠を往復した

紅葉は思いのほか下まで下ってきており1900mが盛りを迎えようとしていた

2012年10月6日土曜日

今年四回目の上高地に入る


先月の奥又白の池で今年の上高地は幕引きかと思っていたが、この三連休も妻とやってきた。
風邪をひいてしまい不調なので、どこへも行かずに、滞在するだけになるかもしれないが、それでも良いと思ったのだ。

2012年9月30日日曜日

奥多摩のチャンガバンと息子の手料理

あいにくの台風で息子の鷹ノ巣谷は中止となったようだ
部屋でごろごろしている
今日はその息子の作ったスパゲッティを食べた

2012年9月29日土曜日

鷹ノ巣谷

奥多摩の鷹ノ巣谷へ行った
奥多摩の谷の特徴をあらためて実感した
地質学的なことはわからないが、奥多摩の沢は老年の山だ
人々の暮らしと深くかかわりあいながら歴史を刻んできた山だと受け取ってもらってもいい
そして山が安定している
土砂崩れの跡もほとんどないし、増水の爪あとも見受けられない

2012年9月28日金曜日

マジックアワー


日が沈んでから暗くなるまでの30分ほどの時間帯をマジックアワーというそうだ。
昨日の夕方、仕事が一段落して、ふとパソコンのディスプレイから目をあげると窓に夕焼けが映っていた。
かばんの中のIXYを取り出して屋上へ上がりマジックアワーに浮かびつつある街を見た。

土曜日の山行への台風18号の影響が心配されたがどうやら何とかなりそうな雲行きだ
あいにく妻は小学校の運動会で、土曜日には山へは行けぬと言う
日曜日は日曜日で私が山へは行けぬ

一方で,息子は大学山岳部の個人山行で日曜日に奥多摩の鷹ノ巣谷へ行くという

2012年9月23日日曜日

菰釣山と水ノ木沢、そしてチリトマトヌードル・リフィル

冷たい雨の降る日曜日となった
富士山へ行っていた息子も朝早くなす術もなく帰ってきた
一気に秋が深まった
高い山には雪が降っても不思議ではない気温だ

昨日土曜日は妻と水ノ木沢を訪れた

2012年9月20日木曜日

Rock&Snow57号 さらばボナッティ、そしてジョン・バーカー



「岩と雪」時代には編集後記に至るまでなめるようにして毎号5回も10回も繰り返し読み、その内容をほぼ暗記するほどだった
で、それをネタにして岩場の下で何時間もクライマー同士で尽きぬおしゃべりをする・・・。そんな時代だった。
現在はそれほどではないにしろ、いつも楽しみにしているRock&Snow
9月発売の57号の編集後記を読んで感動した
編集後記を読んで感動するとは私のアタマは少しばかり変態気味なのかもしれないが・・・

2012年9月17日月曜日

小梨平を去る




今年は上高地・穂高で延べ15日を過ごした勘定になる
今年中の再訪は難しいかもしれない
そう思うと離れ難い気持ちになるが、湿った気流が南から流れ込んでおり雨が降り出す可能性があるので、早めに撤収


2012年9月16日日曜日

奥又白の池


例のごとく、早朝というか夜中2時30分過ぎに小梨平を出発
徳沢の先で新村橋を渡り奥又白の谷を登っていく


2012年9月15日土曜日

三連休はまたもや上高地

妻と長女の三人で今日から上高地
いつもの通り小梨平にBCを設け、のんびり三日間を過ごす予定。

お盆の頃の最盛期に比べると小梨平キャンプ場のテントの数は十分の一程度
秋の三連休とはいっても夏に比べると激減である

2012年9月11日火曜日

南アルプスから帰ってきた息子


息子が一週間ぶりに南アルプスから帰ってきたので撮影した写真と共に話を聞いた
今回の山行は合宿ではなく個人山行として位置づけられたものだという

写真の中に、準備をしている山岳部の部室の内部を写したものがあった。そこには各人が背負う共同装備と食料がそれぞれ何キロになるかを細かく記述したホワイトボードが写しこまれていた。

2012年9月9日日曜日

檜洞から檜洞丸へ



昨日土曜日は妻と二人で檜洞へ行った。

檜洞は学生の頃に砂田とザンザ洞を遡行して同角沢を下降するという山行のアプローチとして通過したことがあるが、そのときの印象は「退屈なアプローチ」というもの。
若かったから「渓谷には渓谷美というものがある」ということを理解していなかったのだろう。

あれから砂田や岩崎と海外の岩壁も登り、頂に立ち、氷河も歩き、国内でもたくさんの壁や渓谷を登った
そのような経験を経てふたたび訪れた檜洞

明るく開けた谷に白い巨岩が積み重なっている渓相は、北アルプスの渓谷のようだ。だれかに檜洞の写真を見せられて「打込谷だ」といわれたら信じてしまうかもしれない。

2012年9月7日金曜日

ラグビー観戦


勤務先のラグビーチームがトップリーグに入って二戦目。相手は東芝。
同期の佐藤君が30年前から育ててきたラグビーチーム。

そんなことから同期の中に熱心に応援する燧君がいて、毎週のように観戦を誘うメールを送ってくる。
一度くらい応援にいくかと思い立ち、今夜行ってきた。

一人で行くのもつまらんので、妻と長女を誘ったら行くという。

2012年9月5日水曜日

ANA239便から南アルプスを登る息子達を撮影?


今日は福岡出張。午後から大阪へ入る。

福岡へは、いつもの通り羽田始発のANA239便。朝3時50分に自宅を出るのでさすがにつらいが、この便は南アルプスの真上を通る。

息子が一昨日から南アルプスに入っている。今回も予備日を含めて10日ほどの日程。
ついこの間、北アルプスでの夏山合宿から帰ってきたばっかりなのに、山の連続で、うらやましい。

2012年9月2日日曜日

大木さんとグランドジョラス北壁ウォーカー側稜


朝起きて、昨日の下棚沢で泥まみれになったロープとその他の装備を洗う。バスタブに昨夜の水が残っていたので、ロープを浸し、丁寧に洗う。こうするとロープの痛んだ箇所を確認できる。
柔軟剤の代わりにリンスを少々。
そうしていると、長女が「御待夜に行きたいな」という。
「えっ、本当?」
彼女は、この土日が御待夜だということを知っていたらしい。
久しぶりに大木さんに会いたいと思っていた私にとって願ってもないことだ。

2012年9月1日土曜日

季節の変わり目か、西丹沢下棚沢で遊ぶ


堀田藩の悪政を将軍徳川家綱へ直訴し処刑された郷土の誇り「佐倉惣五郎」の御待夜祭の頃には肌寒い風の吹くことがある。
そんな季節になった。そうだ大木さんに会いに行こう。

妻と二人で下棚沢で遊ぼうと今日も西丹沢へやってきた。
夏の太陽にあぶられて干からびそうな毎日を送っていたのに、下棚を高巻いていると雨。かなり強い雨である。
季節の変わり目をむかえているのであろう。