2013年2月17日日曜日

雪の筑波嶺を行く


東京では2月15日金曜日に冷たい雨が降ったが、当然のことながら筑波山ではそれは雪になった

その金曜日に昨年4月にグループ会社へ出向してから初めてになる有給休暇をとった
めったにありつけないウィークディにどこへ行くかと算段するのは大きな楽しみである
息子が大学山岳部の2月合宿で八ヶ岳の行者小屋周辺をベースキャンプとしているので、それを見物がてら赤岳主稜にでも登ろうかと計画していた
ところが早朝の準備途中でぎっくり腰
おっとっと・・・と階段を登って寝室のベッドに倒れこみそのまま固まってしまった

2013年2月11日月曜日

三連休、冬晴れ、冬の夕焼け、春の知らせ



三連休だったが、愛車のアウトランダーのフロントガラスにクラックが入り、初日土曜日に修理に出した。代車の軽自動車が、小回りが効いてとても乗りやすい。

連休初日
もう10時過ぎだったが妻と筑波山を往復した。筑紫湖に車をとめていつものコースを往復した。
標高600m付近から雪が顕著になり自然研究路も雪道だった。出発が遅かったので、下り道で夕焼けぞらとなった。

日曜日は母が庭のふきのとうをとってきたので、それを妻に天麩羅にしてもらった。
とりたてのふきのとうの天麩羅は春の味がして美味
午前中はミサに与り、午後になって息子とヨシキスポーツへ行った。息子は来月から一ヶ月間ネパールへ行くというので何か足りない装備はないかと誘ったのである。しかしながらすでに装備は十分にそろっていて、買い足すものは何もなかった。しかたなくヒマラヤングラスを購入。成長した息子を見て社長が驚いていた。ヨシキスポーツのロゴ入りタオルを三枚もらう。

2013年2月5日火曜日

追悼 松永敏郎



松永さんとは年賀状のやり取りをしているが、今年はあの達筆な年賀状が届かなかった
もしや体調がすぐれないのではないかと案じていた

そして1月29日、息子さんから挨拶状が届いた
昨年11月23日に亡くなられたことが、記されていた。
すでに「岳人二月号」にカラー1ページを割いて文科省登山研修所所長による松永さんへの追悼文が掲載されていたので、承知はしていたが、親族の方からの封書を手にしてあらためてその事実をかみしめた

私の山登り人生でもっとも敬愛してやむことのなかった松永敏郎さん。
1989年頃から日本山岳協会の常任委員として技術研修会の講師などを一緒に務めさせていただいた。
当時の私は「毎日のトレーニングを抜きにして現役としての登攀活動はあり得ない」という考えを持っていたが、すでに50代後半に達していた松永さんも全く同様な考え方をしていた。

2013年1月27日日曜日

山の友人からの贈り物


先週のことだった
出張から帰ってくると小包が届いていた

差出人をみると古い山の友人からのものだった

小包を開けてみるとおおきな岩魚の燻製が10匹ほども入っていた
同封された書面には、昔共に登った山の思い出がしたためられ「渓流つりの成果を燻製にしたので送る」とあった。

送り主である鴻森さんと知り合ったのは1980年あるいは1981年ではなかったかと記憶する

職場を通じての出会いではあったが、お互い「山が命」というような、ごまかしのない真摯な山好きだったので、まもなく心の通じ合う仲となった。
もちろん、人それぞれで志向は異なっていた。私は岩壁登攀がメインであったが、一方の鴻森さんは今で言うところのアウトドアライフの達人であった。

7aHCで歩いた水仙ロード



職場の親睦サークルである7aハイキングクラブの定例山行
今回は新しいメンバー6名を加えて13名で鋸南町を訪れた

私は昨年4月にグループ会社へ出向
何かにつけて勝手のわからぬ新しい職場で、暖かく迎えてくれた優しいひとたち
私は程なく仲間として溶け込むことが出来た

その仲間を誘ってのハイキング
陽だまりハイキングをゆったりと楽しんで、鍋焼きうどんであたたまろうといいう計画

いつも思うことだが、計画をたてていること自体が楽しい
参加者の顔を思い浮かべながら地域を選び、コースを組み立て、そして季節に応じて昼食のメニューを考える。
夏の盛りであれば冷たい源流の湧水にさらしたざる蕎麦は最高のご馳走だ。
秋であれば持参のお弁当に暖かいトン汁がいいかもしれない
春なら歩きながら摘んだ山菜をその場で調理できれば最高だろう
そして冬ならやはり鍋焼きうどんかな

2013年1月14日月曜日

私は哭いた


今日は大雪でどこへも行けなかった。こんな大雪の日にはむしろ房総や筑波の山へ行くと、非日常の世界を堪能できるのだが・・・

さて昨日は母とミサに与った
穏やかな日曜日で庭には蝋梅がかぐわしく、悪天候が翌日にせまっているということがうそのようであった。
ミサの始まる20分前に教会へ到着し、余裕を持って着席した。いつもこうありたいものだ。

やがて里野さんの旦那さんがやってきて私の隣に座った
それからシスターが小学生の女の子を二人連れてきて、私と里野さんの間に座らせた
里野さんが典礼聖歌のページを二人の可愛らしい女の子に教えるなどして面倒を見ていた

ミサの中で小林神父に紹介された新成人に対して拍手をする場面があった。里野さんの旦那さんと私の間に座っていた女の子が天真爛漫といった様子で大きな拍手をした
私はとても嬉しくなって女の子を見た
その無邪気な可愛らしさはまるで「アルプスの少女ハイジ」のようだった
私は思わずにっこりしてしまった。

ミサが終わって、信徒会館での用事を済ませてホールへ行くと里野さんの奥さんと母が話していた。

2013年1月6日日曜日

雲取山日帰り




昨日、妻と雲取山を登ってきた

標高540mの鴨沢バス停から雲取山2017mを往復すると標高差1477mとなる
2011年の1月に同じように往復しているが、このときは標高730mの小袖乗越の駐車スペースからの往復だったので標高差は1287m

鴨沢バス停と小袖乗越
標高にしてたった190mの差に過ぎないが、鴨沢バス停からの往復は小袖乗越からのそれに比べると、かなりきついと感じた。もっとも体力が衰えているだけの話なのかもしれない。

2013年1月4日金曜日

大荒れの正月登山「八ヶ岳 地蔵尾根」



二十歳の頃に買ったLPレコード荒井由美のアルバム「ユーミン・ブランド」に12月の雨という曲がある
ベッドの中で雨音を聞くときの気分は、もしそれが休養日だったらまんざらでもない。
山の中でも、小梨平や廻目平のような快適なベースキャンプで聞くテントをたたく雨音も同様だ
雪の日に掘りごたつの中に入って、窓から雪を眺めるのも幸せだ。
外が荒れていれば荒れているほど、自らの現在の境遇との乖離の幅が大きくなる。その乖離感が幸福感をさらに増幅していく。つまり安全・快適な環境下であれば、気象条件が過酷であればあるほど幸福感が高まるということになろうか。 

想定しうる最も過酷な気象条件の一つに、冬期の森林限界を越えた高所というものがあろう。
そんな高所で冬期営業をしている山小屋というものがあるのだろうか。私の知るところ、いずれも年末年始の期間限定営業ではあるが、そんな小屋が三軒ある。

2012年12月24日月曜日

「降誕祭ミサ」と「2011年夏ヨーロッパアルプスの記録」



先週の日曜日に筑波山へ行こうと朝起きたときに少し喉が痛かったが、風邪をひいていたらしい。
一週間、とても体調が悪かった

妻の足の調子がよくなったと思ったら、今度は私が風邪
なかなかうまくいかないものだ
この三連休は風邪を完治させようとおとなしくしていた。

そしてむかえたクリスマス

2012年12月16日日曜日

荒れる筑波嶺

「筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる」
筑波山は万葉の頃から知られた名山で、百人一首にあるこの歌はあまりにも有名である
そんな筑波山にこのようにして毎週のように登れることはありがたいことだと思う


昨日土曜日は、天候が芳しくなかったが、日曜日に総選挙の投票があることもあって、土曜日の内に済ませておいたほうが良かろうと、いつもの通り筑波山へ行った。午後から雨が予測されていたので筑波山一筆書きは今回も諦めた
とはいえ、ただ筑紫湖や蜜柑園から登るのでは面白くないので、地形図にある「遠西」からの古道をたどってみることにした

2012年12月9日日曜日

「筑波嶺の秋」と「8000m峰14座登頂」

黄葉の椎尾山薬王院

名古屋、大阪と出張し、金曜日の夜に帰宅した時にはすでに日付も替わっていた。
へとへとで帰宅した私
太もものスジを痛めた妻に「今週は無理でしょう」と告げていたが、しっかり二人分の鍋焼きうどんの材料を用意して待っていた

就寝したのは1時半だったので、4時半出発はさすがにきつく、出発は7時40分
筑紫湖到着が10時
妻の足の具合も芳しいものではなく筑波山一筆書きはとても無理だろうということで、蜜柑園コースを登って、椎尾道を薬王院へ下る計画で出発

2012年12月5日水曜日

東京駅6時56分発 東北新幹線「はやて13号」の車窓から

大宮駅を出発して間もなく撮影した富士
ここのところ雨の日が幾日かあったのでそれが裾の近くにまで雪を積もらせたのだろう
この写真を見ると宝永山のはるか下の御殿場口近くまで真っ白だ

2012年12月4日火曜日

12月に入った北アルプスの稜線

唐松岳山頂から不帰をはさんで見る白馬岳方面


初冬合宿と称して八方尾根で雪訓や冬山幕営生活技術の訓練を終えて下山してきた息子の写真である
6月の穂高における初夏合宿に始まって、今年5回目の長期山行だった。登るための技術や安全を確保するための技術も大切な要素だが、長期山行では幕営生活技術の巧拙はパーティーのパフォーマンスに直結する。そしてパートナーシップの醸成もおろそかにできない。パーティー全体にかかわる事柄を処理してから個人の処理をするというような事柄は、山を始めた初期段階で叩き込まれる。
このような基本的な登山技術は社会人山岳会や大学山岳部や大学ワンゲル部を通じて教育され普及していく。

2012年12月2日日曜日

今週末は・・・

筑波山麓の椎尾山集落の晩秋の風情


土曜日は、あまり天気も良くなかったし、仕事がたまっていたので出勤して誰もいないオフィスで過ごした
妻はどうしても山へ行きたいということで、一人で筑波山へ行った
彼女が単独で山へ行くのは初めてのことだ

20時過ぎ帰宅すると、しばらくして妻も帰宅した
筑波山では雪模様となったらしい
ぬかるんた道で滑って股関節を痛めたが、一晩寝れば治るだろうという

それで、今日
午前中は天気が良いとの予報だったので朝4時30分に自宅を出発
6時30分に筑紫湖に到着

2012年11月25日日曜日

筑波山一筆書き、新そば、そしてボリエールG1ライト

一日じゅう遊ばせてくれた筑波山麓を湖面に映す
夕焼け前の筑紫湖


昨日は蛭ヶ岳だったが、今日は筑波山である
当初、椎尾道を二往復しようと考えていたが、単純に二往復するだけでは、あまりにも芸がない
知恵をだしてこそホモサピエンスである

そこで、いくつかのコースを組み合わせて、登りも下りもすべて異なるコースを使い、一筆書きのようにして周回できないかと考えた

2012年11月24日土曜日

蛭ヶ岳 市原新道

蛭ヶ岳山頂直下の急坂を防護柵沿いに登る



三連休で、長女と山へ行くことを楽しみにしていたが、初日の23日は冷たい雨
仕事が溜まっていたこともあり休日出勤

「雨でも山へ行きたかったのに」と妻からクレームを受ける
うれしいやら、あきれるやら・・・

そこで土曜日は日帰りで蛭ヶ岳へ
蛭ヶ岳へダイレクトに突き上げる蛭ヶ尾根(市原新道)は2010年5月に妻と訪れたことがある。ブナの森の美しい尾根だった。
秋に訪れたら、どんな風情だろうか

2012年11月21日水曜日

岳人786号「結び目強度の実験検証」


妻の風邪が全快というところまで行っていないので、先週末は山へは行かず。

福岡出張で羽田空港へ向かう途上で御茶ノ水の丸善で岳人12月号を買った。
「結び目強度の実験検証」なる記事があったので興味深く思ったのである。

最も重視したのは実験検証の対象にある「懸垂時8の字」
その結果は「3.77KNで結び目がショックと共に回転」ということだった。

2012年11月18日日曜日

深まる秋


昨日、土曜日は冷たい雨が強く降ったが、日曜日の今日は秋晴れのまさに小春日和
妻の風邪はだいぶ良くなったが全快ではないので、今週も山は見送ることにした

午前中は母とカトリック西千葉教会でミサに与り、午後から買い物に行った

家に戻る途中で四街道小学校の脇を通った
イチョウが黄葉していた

息子は日和田山へ行った

私は明日、明後日と福岡出張だ

2012年11月13日火曜日

私も・あなたも、いつでも・どこでも「ダーウィン賞」候補


先週の週末は良い天気だったが、私はあいにく出勤で、妻も風邪をひいていたから、山は中止

息子は土曜日は皇居マラソン大会、日曜日はクライミングコンペと言って朝早くに出かけていった。
共に日本山岳会学生部の催しである。
クライミングコンペが行われたウォールの写真を見た。
とある大学の構内に作られたものだという。

私はかつてフリークライミングのジャパンカップや大倉カップで北山さんや山順さん、あるいはジャック中根さんたちとジャッジをしていたし、千葉県におけるクライミングコンペは私の主導で始まったと発言してもだれも異議を唱える人はいないと思う。もし異議を唱える人がいても「岩と雪」を読めば黙り込むだろう。

だからクライミングコンペにもそれなりの理解があり、人工壁に求められる要点に関しても心得ているつもりだ。

その心得の範囲では天然の岩場と異なり、人工壁の安全性については全幅の信頼を置いている。
だが、事故は起こる。
人工壁でもくりかえし事故が起こる。

2012年11月6日火曜日

雪の便りの息子の秋山合宿

先月末から北アルプスに入っていた息子が帰宅した
冬山合宿の偵察予備山行としての秋山合宿だ
昨日午後三時過ぎに上高地から沢渡へ下山したとのメールがあった

終電での帰宅になるので私はとても待てず、23時前に就寝

先ほど起床して玄関ホールへ行ってみると、100リットルの赤いガッシャーがあった
相変わらずバカデカく重い

息子は私と違って、どちらかというと大木さんタイプで写真をたくさん撮らない
それでもいち早く写真を見たいと思って雨蓋の中から防水カメラを引っ張り出してPCにダウンロード

たった36枚の写真に過ぎなかったが、そこには北アルプスの初冬の世界が広がっていた

2012年11月4日日曜日

檜洞で焚き火を囲んで深まる秋を堪能し地形図を読む

7aHCメンバーと2か月前からあたためていた秋の檜洞
金山沢の出合でビバークしたら最高だろうと想像していたことが現実のものとなった

直前になって妻も参加したいということで田部井君、鎌田君、そして妻の四人でのんびり遡行した

期待していた金山沢出合の対岸にある河岸段丘は、期待以上のビバークサイトを私たちに提供してくれた
クッションのきいた落ち葉の寝床もさることながら、明るく開けた空と紅葉
月の光が紅葉の葉をタープに映す

月に照らされた林をみながら“浜千鳥”の一節を思った
「青い月夜の浜辺には、親を探して鳴く鳥が波の国から生まれでる濡れたつばさの銀の色」

2012年10月28日日曜日

鍋焼きうどんが恋しい季節となりました

この週末、土曜日に妻の仕事があって山には行けないということだったので日曜日に山へ行くことになった。

仕事が溜まっていたこともあって土曜日は出勤
出社すると中谷さんも出勤していた

午前中に仕事が片付いたので、神田の古本屋街へ行く
ちょうど古本祭りの最中
ものすごい人混みでとてもゆっくりと本を吟味できる状況ではない
はやばやと古本の物色は諦めてICI石井スポーツへ行く
別に何か欲しいものがあるわけではないのだが、クライミングギアのチェックが目的
で、店舗の階段を登っていくと息子が山岳部の仲間たちと階段を下りてくるところに遭遇
冬山合宿の装備を買いに行くとは聞いていたが遭遇するとは思っていなかった

2012年10月23日火曜日

『生と死の分岐点』と『続 生と死の分岐点』

山岳遭難事故の真の原因を科学的に究明し、事故から学ぶ
そうすることによって、事故を防ぐことができるようになる
そのような取り組みは昔から行われていた

古くは石岡繁雄氏によるロープ切断の実験に基づいた科学的究明が存在し
その事実を私たちに知らしめてくれた岳人誌における出海栄三氏の連載があった

そして決定打となったのがクライマー必読の書として知られるドイツ山岳会安全委員会による「生と死の分岐点」ではないかと思う
著者は安全委員会委員長のピッツ・シューベルト
本書は1994年にドイツで発行、1997年に邦訳され日本の登攀界に衝撃を与えた
ドイツ人気質の真骨頂ともいえる情け容赦のない徹底した論理的思考と、その帰結として導き出されたと思われる随所に掲載されている遺体の写真
この本によって、従来あり得ないと思われていたことが事故の原因になっていたという事実を突き付けられた

それにしてもドイツ山岳会の充実に感嘆するほかない
ヨーロッパの山岳会、たとえばフランス山岳会、イタリア山岳会、ドイツ山岳会は日本の山岳会とは似て非なるもの
国を代表する登山機関という意味では日本山岳協会に相当するが、日本山岳協会の会員は各都道府県の山岳連盟/山岳協会であって個人会員の加入は認められていない
未組織登山者の個人加入を認めているのは日本山岳協会の加盟団体の一つである東京都山岳連盟だけではなかろうか

物事に対する意識の高低は人によって様々だが、クライミングにおける事故原因に対しても意識の低い人が少なくない
例えばどこかの岩場でフリークライマーの死亡事故が起こったとする
私のまわりでも「気の毒に」という感想で終わる人が少なくない
なぜ事故が起こったのか、死亡事故に至った原因は何だったのか

リンドウ咲く西丹沢

木曜日は最終電車となり、金曜日は悠子隊員の送別会だったので、少し睡眠不足

そして土曜日の朝
日本山岳会の上高地山岳研究所へ行くために5時20分の始発電車に乗りたいという息子を駅まで送ってから妻と二人で出発

いったんは出発したが、20分ほど運転して、山へ行くのは取りやめた。
なんとなく調子が悪いのである
家に戻って、再びベッドにもぐりこみ、3時間ほど仮眠
11時ころになって、妻にビレイシステムを教えようと思い立ちクライミングギアを持って出かけた。
手頃な崖、もしくは石垣を探す

2012年10月19日金曜日

懸垂下降の8の字結びは「デスノット“死の結び目”」?


文登研(国立登山研修所)が発行している登山研修をパラパラとめくっていたら、興味深い記事とショッキングな記事を見つけた。

最初に興味深い記事
2005年発行の20号の「クローヴヒッチとムンターヒッチその正しい呼称と結び方」という一節で、著者は登攀技術に関する論客として知られる松本憲親氏
こんな細かいことを指摘するよりも、もっと事故に直結しがちな本質的なことがあるだろうという気持ちになるが、氏はそのような意見に対しても本文の中で反論している。

氏の主張の要点は
1.カラビナにはスパイン側とゲート側がある。これらの結びは、カラビナに2本のストランドが同時にかかるが、より強い加重が想定されるストランドをスパイン側にかかるよう結ぶべきである。
2.懸垂ムンターの制動手側のロープがカラビナのゲートの安全環に干渉してゲートが開放される条件はロック機構が開放されるネジの回転方向でロープが接触した場合に限られる。
として、1.2.を満たす実際の結び方を図解で説明している。

表現の正確さが重んじられ、わかりやすさへの配慮は、あまりされていない。たとえばロープのことをロウプと記述するなど、松本氏なりのこだわりが色濃く感じられる。ただし言わんとしていることは理解できる。ゲート側にストランドがかかり且つゲートが開いた場合にはカラビナの強度は著しく低下することは「続 生と死の分岐点」でも指摘されている。さっそく近いうちに試してみたい。


次はショッキングな記事
ムンターヒッチうんぬんよりもはるかにインパクトのある記事が21号の懸垂下降のロープの結び方に関する記事「ダブルストランドフィギュアエイトノットは危険だ」である。著者は同じく松本憲親氏

2012年10月14日日曜日

愛する人とのトレッキングに対応するリーダーとしてのフェイルセーフの強化

「愛する人とのトレッキングに対応するリーダーとしてのフェイルセーフの強化」
上記を目的として、職場の親睦団体7aHCメンバーを対象とした第二回安全登山技術講習を昨日土曜日に実施した

第一回目は、実技にあてる時間が少なすぎて、器具を利用しての懸垂下降を数回実施したのみ
今回は総花的にあれもこれも教えるのではなく、目標を絞って、実技の繰り返しを重視
概要は以下のとおり

【目的】
愛する人とのトレッキングに対応するリーダーとしてのフェイルセーフの強化

【目標】
絞られた目標は次の三点
 1.器具なしで愛する人を確保できるようになる
 2.器具なしで懸垂下降できるようになる
 3.器具なしで愛する人をロワーダウンできるようになる

【ゴール】
講習終了時に「完全に体が覚えた」という状態になっている

【実施場所】
登ることを教えるわけではないので実際の岩場で行う必然性は必ずしもなかったが適切な石垣を物色することはできなかった
丹沢のモミソ沢出合の懸垂岩で実施することにして神奈川県立山岳スポーツセンター前に集合
天然の岩場で実施して効率は悪かったかもしれないが、石垣やクライミングボードとは違って、臨場感があり、むしろ山における具体的なイメージが湧いてよかったと思う。

2012年10月11日木曜日

新旧イラスト・クライミング


図解を用いたクライミング技術解説書としてはクラブアルピノ高嶺会員・RCCⅡ同人の須田義信氏による「イラストレイテッド クライミングの基礎技術 Let' Go Climbing」が私の知る限り嚆矢かと思う。

その後、フリークライミングの浸透にともなって図解、写真を多用した解説書がいくつか出た。

今回、山歩きを通じた職場の親睦団体「7aハイキングクラブ」向けにロープワークをもう一歩踏み込んで教えるためのテキストブックを検討した

2012年10月8日月曜日

快晴の朝を迎えた穂高


下山の日だが穂高は快晴となった
岳沢は、南面のせいか、紅葉の進み具合が遅い
かなり冷え込んでおりシャッターを押す指も凍える

2012年10月7日日曜日

のんびりすごした小梨平



夜半から雨がぱらつき、明け方まで続いた
私の体調も芳しいとは言えないので、徳本峠を往復した

紅葉は思いのほか下まで下ってきており1900mが盛りを迎えようとしていた

2012年10月6日土曜日

今年四回目の上高地に入る


先月の奥又白の池で今年の上高地は幕引きかと思っていたが、この三連休も妻とやってきた。
風邪をひいてしまい不調なので、どこへも行かずに、滞在するだけになるかもしれないが、それでも良いと思ったのだ。