2013年3月23日土曜日

東筑波ハイキングコースとおたつ石コース

自然研究路の石段に咲いたスミレ


水曜日に続いて今日土曜日も筑波山だったが、たった三日のうちに花がちらほらと目に付くようになった

朝6時15分に四街道を出発
つくば学園都市の中心部を突っ切って、筑波高原キャンプ場の駐車場に車をとめる

4月20日に職場の親睦ハイキングを筑波山で実施予定なので、コースの下見を兼ねていくつかのコースを再チェックしようという目的もある

職場の親睦ハイキングは山道を歩きなれないメンバーも含めて20名前後の参加が見込まれているので、同一のコースを1パーティーとして歩くには無理がある
隊を二つか三つに分けるのが賢明だろう

その中で最も心肺的負荷の軽いコースとして、東筑波ハイキングコースをつつじヶ丘まで歩き、そこからロープウエイで女体山の山頂へ向かい、御幸ヶ原でもう一隊と合流し、花の美しいコースを全員で下山するというプランを考えた

今日は、そのコースを実際に歩いてみようというのである
筑波高原キャンプ場から仙郷林道を経て東筑波ハイキングコースへ入って広根場林道からつつじヶ丘へ一旦出る。
さすがに今日のところはロープウェイには乗らず、「おたつ石コース」で女体山へ登り、筑波山自然研究路を時計回りに歩いて、男の川沿いにくだろうというもくろみである

2013年3月20日水曜日

「静かな瞳」 キクザキイチゲ咲く

花言葉は「静かな瞳」


春の花の中で最も好きな花の一つがキクザキイチゲ
カタクリに先立つようにして咲く


昨日は暑いくらいの陽気で自宅近くの公民館の「ソメイヨシノ」も三分咲きとなった
ひょっとすると筑波山のキクザキイチゲが咲き始めているのではあるまいか

そう思うと左足の火傷の痛みもさほど気にならない
いつもの通りの支度をして朝6時に妻と二人で自宅を出た

2013年3月18日月曜日

陽春の谷川岳

今年は近年まれに見る寒い冬で日本海側では記録的豪雪となったが、3月初旬になってから俄かに春めきはじめた
先週の御前山では汗ばむような陽気で、翌日の日曜日には東京で今年初めての夏日を記録した

そして今週も土日の好天が予報されている
それではということで雪洞を利用して妻と谷川岳に行ってきた
横に水平に入るクラックが気にかかるのは私だけか・・・

2013年3月12日火曜日

「アイヌねぎ」が近くのスーパーに


昨日はあわただしく名古屋を往復したが、新幹線の車窓からは丹沢と富士がよく見えた

2013年3月10日日曜日

「青春18きっぷ」で訪れた奥多摩

御前山避難小屋


千葉から奥多摩や中央線沿線方面への山登りに最適な「青春18きっぷ」というものがある
1980年代に伊豆の城ヶ崎海岸へ通う為に使ったことがある
料金が安い上に伊豆は交通渋滞が激しいこともあって、所要時間を読める列車利用は大きなメリットだった

昨日、妻と二人で奥多摩を訪れるために、久しぶりに利用した

2013年3月8日金曜日

Rock&Snow59号とネパールからの国際電話


Rock&Snowの最新刊にもいくつかの素晴らしい記事があって、鳥肌が立つような感動を覚えたので記述したい

まずは、この年末年始に行われたビッグクライム、黒部横断の2本である
一つは上ノ廊下を横断して上ノ黒ビンガを登攀して鍬崎山へと抜けたもの
そして、もう一つが十字峡付近を横断して八ツ峰を縦走したというものであった。
冬期に上ノ黒ビンガを登攀しようとする着想自体に驚愕を覚えるが、さらに腰を抜かさんばかりに驚いたのは八ツ峰縦走である

2013年3月3日日曜日

巨大風車と加波山


先週は妻の風邪と私の食あたりで散々な週末だった その前週はぎっくり腰だった

昨日土曜日は休日出勤だったので今日の日曜日はなんとしても山歩きをしたいと朝5時半に妻と二人で自宅を出発した

二週間ぶりの山歩きである

2013年3月2日土曜日

0:20発 バンコク行き タイ航空・ANAコードシェア便

息子のネパール合宿だが成田出発かと思っていたら羽田発だという
深夜0時20分のフライトなので仕事が終わってから羽田空港国際線ターミナルへ向かった

電光掲示板を見るとタイ航空とANAの共同運航便でBカウンターのようだ
下のほうには1:10フランクフルト便が見える

離れた所からBカウンターを見るといたいた・・・
おそろいのパタゴニアの大型ダッフルバックにICI石井のガッシャー

2013年2月25日月曜日

寒い週末


土曜日になってようやく体調が少し回復したが、一方で妻の風邪は最悪状態
週末はおとなしくしていた

今年の冬は久しぶりに寒い
八甲田の酸ケ湯では530cmの積雪を記録し、これは観測史上の記録を塗り替えたという

それでも庭にはご覧のように蕗のつぼみが・・・

来週からネパールへ行く息子の靴を買う

2013年2月17日日曜日

雪の筑波嶺を行く


東京では2月15日金曜日に冷たい雨が降ったが、当然のことながら筑波山ではそれは雪になった

その金曜日に昨年4月にグループ会社へ出向してから初めてになる有給休暇をとった
めったにありつけないウィークディにどこへ行くかと算段するのは大きな楽しみである
息子が大学山岳部の2月合宿で八ヶ岳の行者小屋周辺をベースキャンプとしているので、それを見物がてら赤岳主稜にでも登ろうかと計画していた
ところが早朝の準備途中でぎっくり腰
おっとっと・・・と階段を登って寝室のベッドに倒れこみそのまま固まってしまった

2013年2月11日月曜日

三連休、冬晴れ、冬の夕焼け、春の知らせ



三連休だったが、愛車のアウトランダーのフロントガラスにクラックが入り、初日土曜日に修理に出した。代車の軽自動車が、小回りが効いてとても乗りやすい。

連休初日
もう10時過ぎだったが妻と筑波山を往復した。筑紫湖に車をとめていつものコースを往復した。
標高600m付近から雪が顕著になり自然研究路も雪道だった。出発が遅かったので、下り道で夕焼けぞらとなった。

日曜日は母が庭のふきのとうをとってきたので、それを妻に天麩羅にしてもらった。
とりたてのふきのとうの天麩羅は春の味がして美味
午前中はミサに与り、午後になって息子とヨシキスポーツへ行った。息子は来月から一ヶ月間ネパールへ行くというので何か足りない装備はないかと誘ったのである。しかしながらすでに装備は十分にそろっていて、買い足すものは何もなかった。しかたなくヒマラヤングラスを購入。成長した息子を見て社長が驚いていた。ヨシキスポーツのロゴ入りタオルを三枚もらう。

2013年2月5日火曜日

追悼 松永敏郎



松永さんとは年賀状のやり取りをしているが、今年はあの達筆な年賀状が届かなかった
もしや体調がすぐれないのではないかと案じていた

そして1月29日、息子さんから挨拶状が届いた
昨年11月23日に亡くなられたことが、記されていた。
すでに「岳人二月号」にカラー1ページを割いて文科省登山研修所所長による松永さんへの追悼文が掲載されていたので、承知はしていたが、親族の方からの封書を手にしてあらためてその事実をかみしめた

私の山登り人生でもっとも敬愛してやむことのなかった松永敏郎さん。
1989年頃から日本山岳協会の常任委員として技術研修会の講師などを一緒に務めさせていただいた。
当時の私は「毎日のトレーニングを抜きにして現役としての登攀活動はあり得ない」という考えを持っていたが、すでに50代後半に達していた松永さんも全く同様な考え方をしていた。

2013年1月27日日曜日

山の友人からの贈り物


先週のことだった
出張から帰ってくると小包が届いていた

差出人をみると古い山の友人からのものだった

小包を開けてみるとおおきな岩魚の燻製が10匹ほども入っていた
同封された書面には、昔共に登った山の思い出がしたためられ「渓流つりの成果を燻製にしたので送る」とあった。

送り主である鴻森さんと知り合ったのは1980年あるいは1981年ではなかったかと記憶する

職場を通じての出会いではあったが、お互い「山が命」というような、ごまかしのない真摯な山好きだったので、まもなく心の通じ合う仲となった。
もちろん、人それぞれで志向は異なっていた。私は岩壁登攀がメインであったが、一方の鴻森さんは今で言うところのアウトドアライフの達人であった。

7aHCで歩いた水仙ロード



職場の親睦サークルである7aハイキングクラブの定例山行
今回は新しいメンバー6名を加えて13名で鋸南町を訪れた

私は昨年4月にグループ会社へ出向
何かにつけて勝手のわからぬ新しい職場で、暖かく迎えてくれた優しいひとたち
私は程なく仲間として溶け込むことが出来た

その仲間を誘ってのハイキング
陽だまりハイキングをゆったりと楽しんで、鍋焼きうどんであたたまろうといいう計画

いつも思うことだが、計画をたてていること自体が楽しい
参加者の顔を思い浮かべながら地域を選び、コースを組み立て、そして季節に応じて昼食のメニューを考える。
夏の盛りであれば冷たい源流の湧水にさらしたざる蕎麦は最高のご馳走だ。
秋であれば持参のお弁当に暖かいトン汁がいいかもしれない
春なら歩きながら摘んだ山菜をその場で調理できれば最高だろう
そして冬ならやはり鍋焼きうどんかな

2013年1月14日月曜日

私は哭いた


今日は大雪でどこへも行けなかった。こんな大雪の日にはむしろ房総や筑波の山へ行くと、非日常の世界を堪能できるのだが・・・

さて昨日は母とミサに与った
穏やかな日曜日で庭には蝋梅がかぐわしく、悪天候が翌日にせまっているということがうそのようであった。
ミサの始まる20分前に教会へ到着し、余裕を持って着席した。いつもこうありたいものだ。

やがて里野さんの旦那さんがやってきて私の隣に座った
それからシスターが小学生の女の子を二人連れてきて、私と里野さんの間に座らせた
里野さんが典礼聖歌のページを二人の可愛らしい女の子に教えるなどして面倒を見ていた

ミサの中で小林神父に紹介された新成人に対して拍手をする場面があった。里野さんの旦那さんと私の間に座っていた女の子が天真爛漫といった様子で大きな拍手をした
私はとても嬉しくなって女の子を見た
その無邪気な可愛らしさはまるで「アルプスの少女ハイジ」のようだった
私は思わずにっこりしてしまった。

ミサが終わって、信徒会館での用事を済ませてホールへ行くと里野さんの奥さんと母が話していた。

2013年1月6日日曜日

雲取山日帰り




昨日、妻と雲取山を登ってきた

標高540mの鴨沢バス停から雲取山2017mを往復すると標高差1477mとなる
2011年の1月に同じように往復しているが、このときは標高730mの小袖乗越の駐車スペースからの往復だったので標高差は1287m

鴨沢バス停と小袖乗越
標高にしてたった190mの差に過ぎないが、鴨沢バス停からの往復は小袖乗越からのそれに比べると、かなりきついと感じた。もっとも体力が衰えているだけの話なのかもしれない。

2013年1月4日金曜日

大荒れの正月登山「八ヶ岳 地蔵尾根」



二十歳の頃に買ったLPレコード荒井由美のアルバム「ユーミン・ブランド」に12月の雨という曲がある
ベッドの中で雨音を聞くときの気分は、もしそれが休養日だったらまんざらでもない。
山の中でも、小梨平や廻目平のような快適なベースキャンプで聞くテントをたたく雨音も同様だ
雪の日に掘りごたつの中に入って、窓から雪を眺めるのも幸せだ。
外が荒れていれば荒れているほど、自らの現在の境遇との乖離の幅が大きくなる。その乖離感が幸福感をさらに増幅していく。つまり安全・快適な環境下であれば、気象条件が過酷であればあるほど幸福感が高まるということになろうか。 

想定しうる最も過酷な気象条件の一つに、冬期の森林限界を越えた高所というものがあろう。
そんな高所で冬期営業をしている山小屋というものがあるのだろうか。私の知るところ、いずれも年末年始の期間限定営業ではあるが、そんな小屋が三軒ある。

2012年12月24日月曜日

「降誕祭ミサ」と「2011年夏ヨーロッパアルプスの記録」



先週の日曜日に筑波山へ行こうと朝起きたときに少し喉が痛かったが、風邪をひいていたらしい。
一週間、とても体調が悪かった

妻の足の調子がよくなったと思ったら、今度は私が風邪
なかなかうまくいかないものだ
この三連休は風邪を完治させようとおとなしくしていた。

そしてむかえたクリスマス

2012年12月16日日曜日

荒れる筑波嶺

「筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる」
筑波山は万葉の頃から知られた名山で、百人一首にあるこの歌はあまりにも有名である
そんな筑波山にこのようにして毎週のように登れることはありがたいことだと思う


昨日土曜日は、天候が芳しくなかったが、日曜日に総選挙の投票があることもあって、土曜日の内に済ませておいたほうが良かろうと、いつもの通り筑波山へ行った。午後から雨が予測されていたので筑波山一筆書きは今回も諦めた
とはいえ、ただ筑紫湖や蜜柑園から登るのでは面白くないので、地形図にある「遠西」からの古道をたどってみることにした

2012年12月9日日曜日

「筑波嶺の秋」と「8000m峰14座登頂」

黄葉の椎尾山薬王院

名古屋、大阪と出張し、金曜日の夜に帰宅した時にはすでに日付も替わっていた。
へとへとで帰宅した私
太もものスジを痛めた妻に「今週は無理でしょう」と告げていたが、しっかり二人分の鍋焼きうどんの材料を用意して待っていた

就寝したのは1時半だったので、4時半出発はさすがにきつく、出発は7時40分
筑紫湖到着が10時
妻の足の具合も芳しいものではなく筑波山一筆書きはとても無理だろうということで、蜜柑園コースを登って、椎尾道を薬王院へ下る計画で出発

2012年12月5日水曜日

東京駅6時56分発 東北新幹線「はやて13号」の車窓から

大宮駅を出発して間もなく撮影した富士
ここのところ雨の日が幾日かあったのでそれが裾の近くにまで雪を積もらせたのだろう
この写真を見ると宝永山のはるか下の御殿場口近くまで真っ白だ

2012年12月4日火曜日

12月に入った北アルプスの稜線

唐松岳山頂から不帰をはさんで見る白馬岳方面


初冬合宿と称して八方尾根で雪訓や冬山幕営生活技術の訓練を終えて下山してきた息子の写真である
6月の穂高における初夏合宿に始まって、今年5回目の長期山行だった。登るための技術や安全を確保するための技術も大切な要素だが、長期山行では幕営生活技術の巧拙はパーティーのパフォーマンスに直結する。そしてパートナーシップの醸成もおろそかにできない。パーティー全体にかかわる事柄を処理してから個人の処理をするというような事柄は、山を始めた初期段階で叩き込まれる。
このような基本的な登山技術は社会人山岳会や大学山岳部や大学ワンゲル部を通じて教育され普及していく。

2012年12月2日日曜日

今週末は・・・

筑波山麓の椎尾山集落の晩秋の風情


土曜日は、あまり天気も良くなかったし、仕事がたまっていたので出勤して誰もいないオフィスで過ごした
妻はどうしても山へ行きたいということで、一人で筑波山へ行った
彼女が単独で山へ行くのは初めてのことだ

20時過ぎ帰宅すると、しばらくして妻も帰宅した
筑波山では雪模様となったらしい
ぬかるんた道で滑って股関節を痛めたが、一晩寝れば治るだろうという

それで、今日
午前中は天気が良いとの予報だったので朝4時30分に自宅を出発
6時30分に筑紫湖に到着

2012年11月25日日曜日

筑波山一筆書き、新そば、そしてボリエールG1ライト

一日じゅう遊ばせてくれた筑波山麓を湖面に映す
夕焼け前の筑紫湖


昨日は蛭ヶ岳だったが、今日は筑波山である
当初、椎尾道を二往復しようと考えていたが、単純に二往復するだけでは、あまりにも芸がない
知恵をだしてこそホモサピエンスである

そこで、いくつかのコースを組み合わせて、登りも下りもすべて異なるコースを使い、一筆書きのようにして周回できないかと考えた

2012年11月24日土曜日

蛭ヶ岳 市原新道

蛭ヶ岳山頂直下の急坂を防護柵沿いに登る



三連休で、長女と山へ行くことを楽しみにしていたが、初日の23日は冷たい雨
仕事が溜まっていたこともあり休日出勤

「雨でも山へ行きたかったのに」と妻からクレームを受ける
うれしいやら、あきれるやら・・・

そこで土曜日は日帰りで蛭ヶ岳へ
蛭ヶ岳へダイレクトに突き上げる蛭ヶ尾根(市原新道)は2010年5月に妻と訪れたことがある。ブナの森の美しい尾根だった。
秋に訪れたら、どんな風情だろうか

2012年11月21日水曜日

岳人786号「結び目強度の実験検証」


妻の風邪が全快というところまで行っていないので、先週末は山へは行かず。

福岡出張で羽田空港へ向かう途上で御茶ノ水の丸善で岳人12月号を買った。
「結び目強度の実験検証」なる記事があったので興味深く思ったのである。

最も重視したのは実験検証の対象にある「懸垂時8の字」
その結果は「3.77KNで結び目がショックと共に回転」ということだった。

2012年11月18日日曜日

深まる秋


昨日、土曜日は冷たい雨が強く降ったが、日曜日の今日は秋晴れのまさに小春日和
妻の風邪はだいぶ良くなったが全快ではないので、今週も山は見送ることにした

午前中は母とカトリック西千葉教会でミサに与り、午後から買い物に行った

家に戻る途中で四街道小学校の脇を通った
イチョウが黄葉していた

息子は日和田山へ行った

私は明日、明後日と福岡出張だ

2012年11月13日火曜日

私も・あなたも、いつでも・どこでも「ダーウィン賞」候補


先週の週末は良い天気だったが、私はあいにく出勤で、妻も風邪をひいていたから、山は中止

息子は土曜日は皇居マラソン大会、日曜日はクライミングコンペと言って朝早くに出かけていった。
共に日本山岳会学生部の催しである。
クライミングコンペが行われたウォールの写真を見た。
とある大学の構内に作られたものだという。

私はかつてフリークライミングのジャパンカップや大倉カップで北山さんや山順さん、あるいはジャック中根さんたちとジャッジをしていたし、千葉県におけるクライミングコンペは私の主導で始まったと発言してもだれも異議を唱える人はいないと思う。もし異議を唱える人がいても「岩と雪」を読めば黙り込むだろう。

だからクライミングコンペにもそれなりの理解があり、人工壁に求められる要点に関しても心得ているつもりだ。

その心得の範囲では天然の岩場と異なり、人工壁の安全性については全幅の信頼を置いている。
だが、事故は起こる。
人工壁でもくりかえし事故が起こる。

2012年11月6日火曜日

雪の便りの息子の秋山合宿

先月末から北アルプスに入っていた息子が帰宅した
冬山合宿の偵察予備山行としての秋山合宿だ
昨日午後三時過ぎに上高地から沢渡へ下山したとのメールがあった

終電での帰宅になるので私はとても待てず、23時前に就寝

先ほど起床して玄関ホールへ行ってみると、100リットルの赤いガッシャーがあった
相変わらずバカデカく重い

息子は私と違って、どちらかというと大木さんタイプで写真をたくさん撮らない
それでもいち早く写真を見たいと思って雨蓋の中から防水カメラを引っ張り出してPCにダウンロード

たった36枚の写真に過ぎなかったが、そこには北アルプスの初冬の世界が広がっていた

2012年11月4日日曜日

檜洞で焚き火を囲んで深まる秋を堪能し地形図を読む

7aHCメンバーと2か月前からあたためていた秋の檜洞
金山沢の出合でビバークしたら最高だろうと想像していたことが現実のものとなった

直前になって妻も参加したいということで田部井君、鎌田君、そして妻の四人でのんびり遡行した

期待していた金山沢出合の対岸にある河岸段丘は、期待以上のビバークサイトを私たちに提供してくれた
クッションのきいた落ち葉の寝床もさることながら、明るく開けた空と紅葉
月の光が紅葉の葉をタープに映す

月に照らされた林をみながら“浜千鳥”の一節を思った
「青い月夜の浜辺には、親を探して鳴く鳥が波の国から生まれでる濡れたつばさの銀の色」